シリーズ:相互乗り入れ-4

東京地下鉄東西線は、両端型乗り入れですが、東葉高速鉄道の開通までは、両端の乗り入れ先が同じ会社(国鉄=JR)という点が特徴的でした。
日比谷線と並び乗り入れのキャリアが長い路線のため、車両の代替わりが進んでいますが、初代の5000系が最後の活躍をしています。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
現在の主力は05系。大量の5000系を序々に置き換えたために比較的長期に渡って製造され、製造時期によって顔が大きく変わっているのが特徴です。これほど顔が違うと、別の形式に見えますね。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
近くここに新しい仲間が登場することになりました。現在有楽町線を走っている07系が東西線に転属することになったのです。来年に開通が迫った13号線はホームドア装備となり、西武6000系、東武9000系、メトロ7000系は寸法が揃っていますが、07系だけは設計が異なりドアの間隔が違うため、13号線用には7000系とドア間隔を揃えた10000系(いわゆる「0系列」とは設計が異なるために南北線用の9000系の次の10000系となりました)を投入することになったために07系は余剰となり、他線区への転属が行なわれることになり、5000系の置き換えを兼ねて第1弾は東西線になりました。これにより東西線草分けの5000系はその生涯を終えることになります。
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2006.7.11 西武鉄道池袋線中村橋駅
乗り入れてくるJRは、5000系にスペックを合わせて作られたオリジナルの301系(国鉄初のアルミ車)、103系に301系のスペックを組み合わせた103系1000・1200番台が長らく活躍しましたが、地下鉄側の5000系置き換えに時を同じくしてE231系の地下鉄ヴァージョン800番台に全て置き換えられました。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
1996年、東葉高速鉄道がさまざまな紆余曲折の末に開通。ラッシュ時だけJR総武線津田沼までの変則的な両端型乗り入れが、完全な両端型になりました。
紆余曲折の末、ということもあって、当初は05系投入で余剰が出ていた5000系の譲渡を受け、改造した1000系10編成で開業しました。しかし、セミステンレスの5000系は当時でもかなり経年劣化と痛みが激しく、10年を目途に置き換えることになり、2004年から05系の後期車(俗に「吊り目」といわれる)をベースにした自社発注の2000系を投入、今年本家の5000系の引退と同時に完全に置き換える予定になっています。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
ここでの問題は「運賃」です。建設中の事故や反対運動、さらには地権者の「ゴテ得」など都市交通の新設における諸問題を全て抱え込んだかのような経緯を経て開業した東葉高速は、莫大に膨れ上がった建設費の償還のために「割高」といわれるJRの運賃体系の2倍近い高額運賃で話題となったほどで、「東葉高額鉄道」などと陰口を叩かれる始末。また、北総鉄道、千葉急行(経営破綻。現京成千原線)などと同様バブル崩壊後の沿線開発の遅れの影響をもろに被って、悪戦苦闘が続いています。過日訪れた新京成との接続駅である北習志野(音読するとなんだか汚い駅みたいですが、キレイな駅です)も、平日の日中とはいえ閑散としていました。やはり松戸や津田沼に出た方が安い、ということで敬遠されているようです。経営が大変なのはわかるのですが、建設費を運賃に転嫁する昨今の方式はもはや限界にきており、運賃体系の見直しなどが望まれます。事実北習志野から東西線直通で飯田橋で降りたとき、パスネットの引き額を見て愕然とした経験があり、乗り入れ時の運賃割引など工夫をしないとこのままでは第2の千葉急行になりかねません。
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by borituba | 2006-07-24 12:36 | てつどう