昨日の尾久から

昨日、尾久の駅に降り立つと、いつもは奥の方で昼寝をしている「夢空間」編成がホームのすぐ横にいました。どうやら団臨のようです。画像手前にはB寝台車が6両ばかりついた堂々たる寝台列車です。
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2005.5.27 東北本線尾久駅(尾久操車場)

やがて牽引する機関車がやってきました。純国鉄色のEF65-1111号機。1がきれいに4つ並んだ「PFタイプ」です。田端機関区からやってきたようです。その向こうではDE10があわただしく動いています。「北斗星3号」の仕立て作業でしょうか。
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2005.5.27 東北本線尾久駅(尾久操車場)

機関車を連結して、出発の準備が整いました。普通上野へ行く場合は「推進運転」といって最後尾を先頭に(ヘンな表現ですが)して向かいますが、この団臨は大宮方へ回送するようです。
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2005.5.27 東北本線尾久駅(尾久操車場)

操車場の北端付近に踏切があります。ここで211系やE231系などを撮っていますと、「ピィッ!」という電機独特の汽笛が鳴り、団臨がやってきました。ヘッドマークこそついていませんが、往年のブルートレインもかくやという迫力ある走りです。
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2005.5.27 東北本線尾久-赤羽間
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# by borituba | 2005-05-28 01:05 | てつどう | Comments(0)

カーブ撮りのおけいこ

この間から、カーブでの撮影を意識的に練習しています。今日はまず八ツ山の大踏切で京急のいろいろな電車を撮ってみました。その中からおなじみ1000形です。平日の日中は普通としての運用になります。
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2005.5.27 京浜急行本線品川-北品川間

午後から先日目撃した115系スカ色を狙って西大井で待ってみましたが、ついに来ず。NEXを何枚か撮っただけで湘南新宿ラインで赤羽経由尾久へ。車中からチェックした操車場北端の踏切へ向かいました。211系やE231系で「おけいこ」していたら、思いがけなく「カシオペア」が来ました!けっこう慌てて撮ったため、ややピントが甘くなってしまいました…
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2005.5.27 東北本線赤羽-尾久間

最後にまたここへやって来ました。この間はドン曇りでギリギリの露光でしたが、今日は日差しもあり、より好条件です。ここでのカーブ撮りは独特の緊張があって、いいポイントです。先日も撮った「北斗星」ですが、失敗の許されないこういう列車はまさに「一撮入魂」。今日は同業者もお一人いました(「バズーカ砲」持参でした。デジカメ使用の私のほうが先着していたのでイイ位置を確保していました。なんだかワルイような気がしました…)が、その方も「北斗星」一本に絞っての「一撮入魂」でありました。
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2005.5.27 東北本線赤羽-尾久間
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# by borituba | 2005-05-27 23:04 | てつどう | Comments(0)

東海道新幹線700系「どなるど君」です。
新幹線は私と同い年。0系はすでに東京口からはいなくなってしまいましたが、300、500、700系が今日も日本の「動脈」として活躍しています。
300系「のぞみ」に初めて乗った時の衝撃は忘れられません。「キーン」という金属音のような風切り音、「ひかり」ではかろうじて読めた通過駅の駅名標が「読めない」圧倒的なスピード感。「超特急」という新幹線の原点が戻ってきた感慨にふける間もなく京都に到着して、改めてその速さを実感したものでした。
700系は主に「のぞみ」用として開発されました。先輩の500系が「速さ」に特化した車両であるのに対し、700系は居住性と速さのバランスを考えたつくりになっていると思います。500系「のぞみ」に乗った時、ジェット機のようなフォルムには感激しましたが、シートの座り心地や天井の低さからくる圧迫感、照明の暗さなど、居住性には「?」があったので、700系の明るく開放的な車内に「ホッ」としたものです。「カモノハシ」と呼ばれる(私は、顔つきといい、目つきの悪さといい、個人的に「ドナルドダック」と呼んでいます。)個性的な「顔」には賛否両論のようですね。
新幹線といえば「白に青い帯」というイメージをJR東海が大事にしているのは好感です。横腹の「AMBITIOUS JAPAN!」も誇らしげでいいです。晴れた日にはこの白と青がよく合います。
新幹線は保安設備が在来線に比べ厳重で、きれいに撮れる場所がなかなかありません。これも金網の網目にデジカメのレンズを突っ込んで撮ったものです。この場所をご教示くださった停看聴老師に感謝いたします。
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2005.5.4 東海道新幹線東京-新横浜間
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# by borituba | 2005-05-26 11:22 | てつどう | Comments(0)

京急に入ってくる京成車は、なんだかみんな同じ顔に見えます。しかし、調べてみると、さまざまな歴史を背負っているようです。
これは3400系。最先端のアルミ車に見えますが実は鋼製車。足回りは元祖「悲劇の特急車」初代AE車のものです。初代AEは、成田空港輸送を想定して作られましたが、反対運動の長期化による開港の遅れの影響を受けて宗吾車庫に長いこと雨ざらしにされ、成田山参詣特急への転用は運輸省(当時)の認可が下りず、さらにその間に過激派の放火で走らずして1両が廃車…開港は管制塔襲撃事件などが起きて遅れに遅れ、開港後も空港駅(現東成田)とターミナルとのアクセスが悪く、ターミナルへドアtoドアのリムジンバスに惨敗続き。
というあまりの不運続きに会社も愛想がつきたのか、空港第2ターミナル完成、JRとの共同使用による(新)成田空港駅の開業を機に、現在の新AE車にすべて置き換えられ、保存もされずに全て解体(「負の遺産」をよほど残したくなかったんでしょうか)、足回りはまだまだ使えるので通勤車に転用され、3700系に準じたボディを載せて3400系として生まれ変わったのです。そして今、皮肉にも成田空港-羽田空港を結んで活躍しています。
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2005.5.4 京浜急行本線品川-北品川間
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# by borituba | 2005-05-25 13:25 | てつどう | Comments(4)

豪雨の中、激走!

昨日、今日と東京は夕方から土砂降りの雨になりました。
大久保で用事をすませた後、新大久保駅で山手線を待っていると、ポツッと来たかと思う間もなく大雨に。ロケハンもかねようとデジカメを持ち歩いていたので、雨天時の撮影のテストをしようと、撮ってみることにしました。
この時期の17時台なら晴れていれば充分な光量ですが、にわか雨独特の分厚い雲で、かなり暗くなっており、「ダメもと」のつもりで埼京線を狙ってみました。目一杯ズームをかけ、大カーブの出口にピントを合わせて撮ってみると、前照灯も相俟ってかなり迫力ある絵が撮れました。まずは205系です。
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2005.5.24 山手線新大久保駅

続いてりんかい線70系です。普段は軟派なイメージの電車ですが、こうして豪雨のなかを水煙を上げて激走する姿をみると、結構カッコよく見えるから不思議です。
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2005.5.24 山手線新大久保駅
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# by borituba | 2005-05-24 23:28 | てつどう | Comments(1)

私の「よそ行き電車」

外出のついでに、久しぶりに東急に乗ってきました。
池袋エリアに生まれ育ち、東武・西武を「足」にしてきた私にとって、東急は「遊びに行く」ための電車であり、言わば「ハレ」の電車といえます。
ただ、横浜方面に行くときはもっぱら「速い」京急使用が多く、東急にはほとんどご縁がありませんでした。従ってファンの間でよく話題に上る名車たちには全く乗った記憶がありません。名車中の名車「青蛙」初代5000系にもとうとう未乗で終わりました。
そんなこともあって、東急=銀色、というのが幼い頃からのイメージです。当時はステンレスカーというのは子供にとっては憧れの「きれいなでんしゃ」でありました。時は流れ、6000系はすでに亡く、7000系も本線系からは消え、元祖「食パン型」8000系も譲渡・廃車が出てきています。塗装はおろか帯さえなかった8000系ですが、近年は8500系のような赤帯や、下の画像のように黒の縦帯を付けています。
東横線の急行は「隔駅停車」などとよばれて今でも評判が悪いのですが、特急ができてからはスピードアップされて昔よりはマシになっているようです。
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2005.5.22 東急東横線都立大学駅

現在の東急の最新型がこの2代目5000系です。それまでの8000系列があまりに無表情だったので、この顔はとても新鮮です。東横線と田園都市線では帯の色などが違います。
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2005.5.22 東急東横線自由が丘駅
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2005.5.21 東急田園都市線渋谷駅

JRが湘南新宿ラインをスタートさせ、山手線北側-横浜方面の時間がグッと短縮されて、東急も東横線のスピードアップに迫られ、やっと重い腰を上げ、特急をデビューさせました。当初の停車駅は自由が丘、武蔵小杉・菊名・横浜でしたが、みなとみらい線が開通し、元町・中華街行きになってからはみなとみらいに停車、現在は中目黒にも停車するようになりました。画像は横浜高速鉄道Y500系。東急2代目5000系と同じ電車ですが、こちらは前面がブルーに塗装されています。
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2005.5.22 東急東横線都立大学駅
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# by borituba | 2005-05-23 12:01 | てつどう | Comments(2)

都心から消えた「色」

14日の「撮って出し」でご紹介した「新聞列車」、113系スカ色4連×2の8両編成です。
両国から夕刊を積んで千葉方面へ向かいます。千葉からは普通列車として客扱いをするようです。都心ではほとんど見られなくなったスカ色、本家横須賀線からは消えて久しく、房総半島と甲州路に残っています。また、113系自体も東京口からはまもなく消える運命…東京からまた一つ「昭和の顔」が消えて行こうとしています。私も折に触れては撮りに行こうと思っています。
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2005.5.21 総武本線錦糸町駅

一方、色どころか車両そのものが都心からほとんど消えてしまったのがこちらの115系。かつては上野口の主だった115系も、湘南新宿ラインの増発でE231系が大量に増備され、あっという間にいなくなり、今では都内では早朝・深夜に立川まで行かないと見られません(日中だと高尾で見られます)。湘南色となると都内からは消滅。籠原・小金井以遠でないと見られなくなってしまいました。
湘南色は今なら東京口の113系が健在ですが、スカ色となると「ホリデー快速」「新聞列車」以外はほとんど見られない「珍客」になっています。これは御殿山の跨線橋でE217系を狙っていて偶然遭遇したもの。「ホリデー快速」用の編成だそうで、新鶴見を経由して武蔵野線経由で立川や大宮へ行くようです。
スカ色は私の大好きな色。「海と砂浜」をイメージした爽やかな塗り分けは国鉄色の中でも未だに輝きを失っていません。今度時間を見つけて房総か甲州へ乗りに行こうと思っています。
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2005.5.4 横須賀線品川-西大井間
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# by borituba | 2005-05-22 09:48 | てつどう | Comments(1)

シリーズ第7回は、都営5300系です。
京急、京成と都営1号線(当時、現浅草線)の相互乗り入れは、東京圏の交通にとって画期的なものでした。まず、両社共に悲願だった都心への乗り入れが実現し、平行する国鉄(JR)と対等、ないしそれ以上の利便性を獲得したこと。もう一つは、京成の近代化が一気に進んだこと。改軌までして乗入れた京成は、これをきっかけに車両はもとより駅設備も近代化を進め、千葉県北西部と都心を結ぶ通勤路線に生まれ変わったのでした。青砥駅の高架化、押上駅の地下化などはその成果です。
東京都交通局は、帝都高速度交通営団(現東京メトロ)が国策企業化したことで、大阪のような「市営主義」を採れず、地下鉄への参入が後手に回ったことで、計画路線のうちでは「不採算路線」を押し付けられたようなところがあり、相互乗り入れによる利便性向上に賭けていました。おかげで、都営地下鉄は、浅草線、三田線、新宿線の3路線がそれぞれ軌間がバラバラになっています。
浅草線は、開通当時から長らく「パンタグラフつき丸の内線」と言われた5000系が、線内、乗り入れを問わずに活躍していました。私も生麦へ行くとき、川崎まで5000系急行によく乗ったものです。ただ、がっしりした造りの京急車に比べドアが薄く、子供心に「安普請だなぁ」と思っていました。
1編成だけ試作された5200形を経て、5000系の後継として現在活躍しているのが5300系です。真っ白なボディに細い帯。5000系晩年の塗色を受け継いだともいえますが、5000系はアイボリー系の黄色っぽい色だったのに対し、こちらはかなり明るい白になっていて、真っ赤な京急とは対照的な色とフォルムで、軽快な感じの電車になっています。
以前は川崎-品川-押上・青砥・高砂・小岩間の運用でしたが、現在では京成方面の動線がグッと延びて、印旛日本医大・成田空港まで足を伸ばしています。一方京急方は原則羽田空港行き限定になり、川崎方面にはほとんど来なくなりましたが、急行だけでなく以前は想像もつかなかったエアポート快特としても活躍しています。
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2005.5.2 京浜急行本線品川-北品川間
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# by borituba | 2005-05-21 11:05 | てつどう | Comments(0)

北総開発鉄道(当時)小室-高砂間の新線が開通して、以前からの京成・都営車に加え、北総開発と住宅・都市整備公団(当時)の車両が京急にも乗入れるようになりました。シリーズ第2回でご紹介した京成や京急の「お下がり」も含めて、品川に来る電車が一気に多彩になりました。
バブル崩壊で、北総ニュータウンの開発が停滞する中、ニュータウンのアクセス路線の整備を担当していた公団は「都市基盤整備公団」を経て結局経営破綻。鉄道部門は北総開発鉄道に売却。さらに北総開発鉄道は京成傘下に入り「開発」を取って、北総鉄道になりました。
今日の「顔」である北総9100系「C-Flyer」は、公団線が印西牧の原に延伸した時に導入したセミステンレスカーで、デビュー当時は通勤車初の車内公衆電話が設置されたことで話題になりました(現在は撤去)。裾にスカートから延びたブルーの帯、1エンド側ドアの部分のみに青(両端)と黄(中間車)の帯がタテに入った当時としては斬新なデザインの側面、行先表示を窓上と腰の部分に分けて配置した個性的な前面で、個性派の電車が集う京急で、ひときわ異彩を放っています。
以前は公団の経営悪化-破綻の影響で、前面の日焼け褪色や、側面の汚れがひどく、哀れな姿を曝していました(京成のお下がり車より短命かもと思われていました)が、京成傘下(北総)入りしてからは改善されて、デビュー当時の艶を取り戻しています。
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2005.4.19 京浜急行空港線京急蒲田-糀谷間(京急蒲田駅構内)
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# by borituba | 2005-05-20 13:29 | てつどう | Comments(0)

今日の「撮って出し」2

飛鳥山公園には、都電6000形の他に、D51-853が保存されています。これも同様にかつてはかなり荒れていましたが、同じく整備されてきれいになりました。コックピットにも入れるようになり、子供たちの人気者です。
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2005.5.19 飛鳥山公園

飛鳥山公園から新幹線を撮ろうとポイントを探しましたが、木が茂っていて見渡すこともままならず、諦めて跨線橋に出ました。「これしか来ない」とわかっていても、来ればやはり撮ってしまいます。かつての主役たち(165・183・189・485・489・583)はもとより、あれだけ掃いて捨てるほどいた115系もすでに上野口から消え、すっかり寂しくなってしまいましたね。時計を見ると16時。昔なら、そろそろ「みちのく」が上野を出る頃か…
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2005.5.19 東北本線尾久-赤羽間(京浜東北線王子駅)

何枚かE231系や京浜東北線209系を撮っていたら、湘南新宿ラインを国鉄色183系が上ってきました。ヘッドマークは「修学旅行」。在来線特急の座を失って、いろいろな臨時に使いまわされています。東北本線は東北本線でも、貨物線(湘南新宿ライン)を走るとは夢にも思わなかったでしょうね…
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2005.5.19 東北本線尾久-赤羽間(京浜東北線王子駅)

跨線橋を渡って、線路沿いに歩いて、東北本線の踏み切りにきました。月曜に赤羽-尾久間を先頭車で通った時目をつけていたところ。上野方はカーブになっており、ズームで撮るとなかなかイイ感じです。
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2005.5.19 東北本線尾久-赤羽間

ふと時計を見ると、16時45分。あと5分で「北斗星1号」が上野を発車します。とすれば17時ちょっと前にここへ来る…「よし、ここで待ってみよう。」ズームの倍率をチェックし、待つこと10数分。「来た!」先月22日、VSEを撮った時と同じ緊張が体を駆け抜けます。ぐーっと引きつけてシャッターを切ります!久しぶりの「会心の一撃」。走り抜ける青い光を見送り、ホッと一息です。
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2005.5.19 東北本線尾久-赤羽間
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# by borituba | 2005-05-19 23:36 | てつどう | Comments(0)

今日は午後から都電荒川線を撮りました。
地元のもっとも身近な路線でありながら、「撮るために乗る」ことがなかったので、何ヶ所かで降りてポイントを探しながらの撮影です。
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2005.5.19 都電荒川線東池袋四丁目-向原間

巣鴨新田を出ると、庚申塚に向けほとんど直角に近く急カーブしています。ここでいろいろ試しながら撮っていましたが、ふと架線柱を見てびっくり。なんと明治44年8月建設!なんと95歳です。かつては上に送電線が走っていました。
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2005.5.19 都電荒川線巣鴨新田-庚申塚間
まもなく100歳を迎える架線柱の下を、7000形が行き過ぎて行きます。
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2005.5.19 都電荒川線巣鴨新田-庚申塚間

飛鳥山へやってきました。都電車両の広告ラッピングもすっかりおなじみになりましたが、下町と山の手を結ぶ路線とあって、演歌の広告が目立ちます。かつては「箱根八里の半次郎(氷川きよし)」のラッピング車もありました…
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2005.5.19 都電荒川線飛鳥山-王子駅前間

さあ、ここまで来たら、ここに行かないわけには行きますまい。飛鳥山公園に保存されている都電6000形です。以前はガラスが割られて板が張られていたり、塗装が剥げたりして誠に哀れな姿でしたが、公園の大改修を機に修繕・再塗装されて、ご覧のとおりみちがえるようにきれいになりました。内部も公開されています。さすがに座席は板張りになっていますが、運転台のマスコンはちゃんと動きます。これがいつまでも続くように祈ります。
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2005.5.19 北区・飛鳥山公園
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# by borituba | 2005-05-19 22:29 | てつどう | Comments(0)

昨日の2000形に代わって快特専用車として目下大活躍の2100形、トップナンバーです。
空港線のターミナルへの延伸によって、都営線を介しての成田-羽田を連絡する列車を設定することになり、また、JR東海道線のグレードアップが始まり、対抗上快特のスピードアップとクォリティの向上が求められました。600形がセミクロスシートであったのと、シート等何かと試作的要素が強かったため、都営線にも入れる本格的な快特専用車として開発されたのが2100形です。
2100形はオールクロスシート、2扉で、「湘南顔」600形-2000形と続いた京急の看板電車です。都営線、羽田空港地下ホームへの乗り入れを想定して新600形同様前面貫通型になっています。1500形増備車(京急では分けていませんが、一般に「1700形」と呼ばれる)から導入されたVVVFインバータ制御で、省電力・高加減速を実現し、1000形などでは課題だった高速時の乗り心地が大幅に改善されています。また、制御機器を国内メーカーでなく、ドイツのジーメンス社の物を採用。インバータ車独特の起動音を抑えるため変換器を通し、「音階」にすることで不快感を軽減する工夫がされ、これは後にN1000形にも採用されました。ホームにいても独特の「ド~レミファソラシド~」という音を聞くことができます。
この電車の登場で、京急では民鉄では初の120キロ運転を実現、そのため信号などの保安設備を大規模に改修、いまや京急の名物となった抑速現示(緑と黄の点滅)がスタートしました。
京急伝統の「特等席」も健在で、ファンにもうれしい内装になっています。私は京急に乗るときは少し早めに家を出て、時間に余裕を作って、この「特等席」を狙うのを楽しみにしていますが、最近のダイヤ改正で、日中の快特が泉岳寺発着になり、品川では「特等席」確保が難しくなったのが、ちょっと不満なこのごろです。
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2005.4.19 京浜急行本線大森町-梅屋敷間
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# by borituba | 2005-05-18 11:02 | てつどう | Comments(2)

「京急の顔」シリーズに戻ります。
京急2000形です。「湘南顔」600形に代わって快速特急専用車として華々しくデビューしましたが、花形としての時期は短く、後継の2100形にその座を譲り、3扉ロングシート化して、現在では普通でも走ります。名車6300系のデビューで特急車としてはわずか9年しか活躍しなかった阪急2800系と並ぶ「悲劇の特急車」と言えるでしょうか。
2000形が快特専用車として短命であった理由は、VVVFインバータという、画期的なシステムの導入が、予想以上に速かったことと、空港線のグレードアップ-悲願の空港ターミナル乗り入れで、車両の動態が大幅に変わった(それまで特急・急行のみだった都営線直通車に快特が加わり、日中は羽田空港行き急行以外はすべて快特に)ことが挙げられます。前面非貫通のため都営線には入れず、エアポート快特には使えないことが災いして(画像は横浜方からの列車)、すでに600形が3扉セミクロスであったこともあって、ロングシート化されてしまいました。この日、帰りに2000形特急に乗りましたが、標準軌の車体幅をフル活用してゆったりしたシート配置だったことで、ロングシートになると(空いていたせいもありますが)、ガランとした感じになっています。
前面は従来のスタイルを一新した当時としては斬新なもの。ただし、白帯が腰部だけになったせいか全体に腰高な印象があり、600形以降の「ニュー京急」スタイルに比べやや重厚さに欠けるような気がします。1000形や800形とは対照的に、スカートを履かせた方がいいと思います。チョッパ制御車なので放熱等の問題はないと思いますが…
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2005.4.19 京浜急行空港線京急蒲田-糀谷間(京急蒲田駅構内)
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# by borituba | 2005-05-17 22:43 | てつどう | Comments(1)

今日の「撮って出し」2

尾久駅前から、地下道を通って反対側に来ました。
なかなか撮るポイントが見つからずに、道を歩いていくと、田端機関区に出ました。ここもかつての大操車場の面影はありませんが、電機やディーゼル機関車が集っています。
また「ぽっ」という汽笛。「何が来るかな…」と思ったら、点検上がりでしょうか、入換用機関車DE10と11がなんと5重連。こうして並ぶと、入換機とはいえ結構迫力があります。
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2005.5.16 田端機関区

昨日、武蔵野線を撮っていて、貨物列車の撮影に立て続けに失敗して、悔しかったせいか、停まっているのをいいことに、電機を狙って撮りまくりました。EF81は、電機としてはかなりの高齢ですが、フォルムが端正で、交直流機独特の屋根上の機器もすっきりとしていて、私の好きな電機のひとつ。ひところはローズピンクの褪色がひどく、ラインも剥げた哀れな姿が目立ちましたが、最近の更新で塗り替えられて赤味が強くなり、力強さが加わったような気がします。新世代機の台頭で若干影が薄くはなりましたが、まだまだ頑張っています。
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2005.5.16 田端機関区

ぐるっと回って尾久へもどり、上野へ出ました。上野では下のホームへ、「フレッシュひたち」「スーパーひたち」を撮りました。
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2005.5.16 常磐線上野駅
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# by borituba | 2005-05-16 23:23 | てつどう | Comments(1)

今日の「撮って出し」1

尾久へ行ってきました。
快晴の空の下、電車も客車も電機も心なしかのんびりとした感じです。こういう天気だと、クールな印象のE231系も柔和に見えるから不思議です。
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2005.5.16 東北本線尾久駅

かつては北へ向かう客車・電車が犇めき合っていた操車場も、昔日の面影はどこへやら。がらんとしたヤードにはポツポツと「北斗星」「北陸」などのマークをつけた客車やそれを牽く電機が「昼寝」しています。「カシオペア」は、昨日南浦和で見ましたが、1編成しかないので今日は不在。今頃は札幌で帰り支度でしょうか…
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2005.5.16 尾久操車場

操車場で活躍するのが入換用のディーゼル機関車です。広い操車場を忙しそうに行ったり来たりしています。「ぽっ」という汽笛にふり向くと、すぐそばに来たので一枚。こうしてみると、なかなか愛嬌があります。
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2005.5.16 尾久操車場

余裕が出たヤードは、転属や転用で改造を受けるために大宮工場へ行くまでの仮の宿になっています。中には哀しいですが廃車になって解体されるまでの「終の棲家」になっているケースもあり、世の無常を感じます。画像はついこの間まで山手線を走っていた205系です。側面の方向幕ははずされています。いずれ大宮工場で改造を受け、昨日見たように武蔵野線に移ることになるようです。
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2005.5.16 尾久操車場
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# by borituba | 2005-05-16 22:53 | てつどう | Comments(1)