今日はドビュッシー忌と同時にバルトークの誕生日です。

ということで、朝からドビュッシーとバルトークを聴いております。
思えばバルトークはロマン主義音楽からスタートしたあと(ヨアヒムの書生をしていたころの習作はまんまブラームス)、ドビュッシーに影響を受け、コダーイと共に集めたハンガリーやルーマニアの民族音楽を素材とした印象主義的な作品で世に出ました。
そんな二人が命日と誕生日という関係でつながっているとは。なんだか奇しき因縁を感じます。

ドビュッシーもバルトークもラヴェル同様聴き倒しているので、今日はバルトークはドビュッシーの影響の色濃い作品を、ドビュッシーはその元になった作品を中心に聴きました。

ドビュッシー:「海」「牧神の午後への前奏曲」「管弦楽のための映像」「夜想曲」
クリーヴランド管弦楽団
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バルトーク:
バレエ音楽「不死身の宦官」、管弦楽のための4つの小品、2つの映像、5つのハンガリーのスケッチ
シカゴ交響楽団
ピアノ協奏曲第3番
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
ロンドン交響楽団
ピエール・ブーレーズ(指揮)
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バルトーク:
「3つのチーク県の民謡」「ルーマニア民俗舞曲」
廻由美子(ピアノ)
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「ルーマニア民俗舞曲(管弦楽版)」
シカゴ交響楽団
サー・ゲオルク・ショルティ(指揮)
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ドビュッシー:
「レントよりおそく」
前奏曲集 第1巻
版画
ピアノのために
ベルガマスク組曲
ジャック・フェヴリエ(ピアノ)
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弦楽四重奏曲
ボロディン弦楽四重奏団
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バルトーク:
弦楽四重奏曲(全6曲)
ハンガリー弦楽四重奏団
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中でもバルトークの弦楽四重奏曲はハンガリーの奏者による演奏は他の団体と一味違うマジャール人の感性がにじみ出て目から鱗の落ちるような新鮮な発見があり、今まで弦楽四重奏が苦手で敬遠していましたが、全6曲を楽しく一気に聴くことができました♪
by borituba | 2017-03-25 23:10 | おんがく | Comments(0)

先週末の3連休最終日の21日、下北沢にライヴに行く前に千歳船橋で小田急を撮影しました。
小田急も休日ダイヤでメトロ車は16000系ばかり(トップ編成が来たのは良かったです)、通勤車も2代目3000形が多かったですが、そんな中でも8000形純チャンの10連急行や1000形の未更新編成(行灯幕車)がポツポツとやってきます。
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一方ロマンスカーは休日とあって豊作。スタンバイ直後にいきなりLSEが来たのを皮切りに上下にバンバン来て、結局LSE、VSE、MSEにEXE.と揃い踏み(EXE.αがこなかったのが惜しかった…) で大満足でした♪
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by borituba | 2017-03-25 21:21 | てつどう | Comments(0)

彼岸清遊鉄・2017春

先週末の3連休の中日20日は、お彼岸の墓参からの八広で彼岸清遊鉄を楽しみました。
20日の八広は翌21日が北総9000形ラストランということで好天の休日ながら静かでした。スタンバイ早々に上下に京急600形と京成3600形が来て、なかなか幸先よいスタートでした。
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休日ダイヤで妙味はイマイチでしたが、赤い電車もそこそこ来て、ドンピシャの並びも撮れました♪
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by borituba | 2017-03-24 21:48 | てつどう | Comments(0)

今日は昭和史の現場を訪ねました。東大安田講堂です。
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今から48年前、医学部の組織改革要求に端を発した紛争が東大の全学に波及、時の佐藤栄作首相の「曲学阿世の徒」発言が火に油を注ぎ、安田講堂他大学施設の占拠などが発生、ついには警察が導入、機動隊による強制排除が行われる事態になったのです。
各施設のバリケード封鎖が破られて占拠が解かれる中、全共闘が最後の砦とした安田講堂では、2日間にわたる激しい攻防戦の末、多数の重軽傷者を出しながら数で優る機動隊がバリケードを突破して立て籠っていた学生を排除、首謀者を検挙します。
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これを境に各大学の学生紛争は退潮に向かいますが、大学から追われた過激派たちは地下に潜り、よど号ハイジャック(1970年)、あさま山荘事件(1972年)、三菱重工爆破事件(1974年)などの大事件につながってゆくことになります。
安田講堂攻防戦を含む東大紛争は連日トップニュースとして報道され、私は当時4歳でしたが、安田講堂の激しい攻防戦の様子は今もおぼえています。
あれから48年、安田講堂は改装を経て大学のシンボルとして静かにその偉容をとどめています。機動隊が取り囲んだ前庭は学生たちや近隣の人々が散策に訪れる平和な憩いの場になっています。
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安田講堂を見たあと、腹ごしらえに入ったのは正門前の喫茶「ルオー」です。
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この店は私の祖父の絵のお弟子さんだった森田賢先生がかつて赤門前で営んでいた「画廊喫茶ルオー」が79年に閉店した後、80年に当時の店員さんが受け継いで正門前に移転して開業したもので、看板のデザインと店の内装は旧「ルオー」を再現、椅子とテーブルは旧店の物を受け継いで使用しています。また、メニューの中で旧店の名物だったカレーライスは当時のレシピのままで出しています。
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旧店は開店当時から東大の学生や教員が出入りし、店主の森田先生は医学部の美術サークルの指導をされたりと東大と縁が深く、長年親しまれました。
森田先生はプロレタリア芸術運動から洋画の道に入られた苦労人でしたので、学生運動に理解を示して、全共闘を応援していました。東大紛争で占拠されて警察とにらみ合いが続いていた安田講堂にカレーライスとコーヒーを出前したこともあったそうで、学生たちは非常に礼儀よく、内部に通された時も少しも怖いことはなかったそうで、赤門から講堂までに何度も職務質問された機動隊の方がよっぽど横柄で怖かったそうです。また、安田講堂の大講堂の壁面には祖父の日本画の師である小杉未醒(放庵)先生の壁画がありますが、「学生たちは一切手を触れませんでした。」と仰っていました。
そんなわけで、「ルオー」のカレーライスは、昭和史を今に伝える味ですが、私にとっては祖父のお供で母や祖母に手を引かれて先生をお訪ねした幼い日から食べた懐かしい味です。「セイロン風」と謳ったとろ味を抑えたカレーはスバイシーですがマイルドな辛さでおいしいです。本郷においでの節にはぜひ食べて昭和史をかみしめていただきたいものです。
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by borituba | 2017-03-22 23:20 | ふうけい | Comments(1)

一昨日3月14日は午前中に野暮用が済むはずが書類の不備やら何やらで時間を食って出遅れましたが、北品川で撮りました。
天候が冴えないので早めに切り上げようかと思ったところに北総9000形が下ってきたので、ダメもとで粘ってみることに。
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14日までのラブトレインは来ませんでした。最終日なんだから終日行ったり来たりさせればいいのに…それでも800形もそこそこ来て、わが分身の1712編成なんかも来たのでまあまあの妙味で撮っていました。
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ギリギリ撮れる時刻になってようやく折り返してきた9000形を撮り納めました。さらば北総9000形、思い出の彼方へ。
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by borituba | 2017-03-16 16:06 | てつどう | Comments(0)

昨日に引き続き

昨日に引き続きオーマンディとフィラデルフィアのベートーヴェンを聴いております。
昨日聴いた7番と8番が想像をはるかに上回る素晴らしい演奏だったので、今宵は1~6番を一気に聴いておりますが、昨日の2曲同様素晴らしいです。
基本的に終始イン・テンポで、音楽が自然に流れていくのが非常に心地よいです。それに加えフィラデルフィアの持ち味である芳醇なオーケストラ・サウンド。

20世紀後半に特にアメリカで活躍したハンガリー出身の指揮者たち。ライナー、セル、ショルティ、そしてオーマンディ。すべてベートーヴェンを演奏していますが、共通しているのはイン・テンポということ。と言っても昨今のあっさり味の低カロリーではありません。
そしてダイナミク・レンジが幅広くコントラストがくっきりしていること。
さらに気品というか、古典音楽としての品位を決して忘れない引き締まった表現。

そんな共通項を思いつつオーマンディのベートーヴェンを聴いていると、ユージン・オーマンディという指揮者の本質を我々がいかに誤解してきたかがわかるのです。

例えば第5番。フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュとは対照的に、譜面を忠実にトレースするような演奏です。それをオーケストラの持ち味の明るく芳醇なサウンドであくまで自然に音楽が流れていきます。それはあたかも名優の朗読する大河小説のような心地よい響きです。
例えば第6番「田園」。これはオーマンディとフィラデルフィアの持ち味に一番合った作品であるだけに、ヴィーン・フィルに勝るとも劣らぬ名演です。各楽章の性格が明確で血の通った豊かな響きで流れていきます。

1・2・4・8の4曲はベートーヴェンのもう一つの顔である、先輩モーツァルトから受け継いだディヴェルティメント性が十二分に表現されたチャーミングと言ってもいいご機嫌な演奏です。
第3番「英雄」。2番や4番を聴いても感じることですが、なんと若々しい元気な演奏でしょう。第2楽章の葬送行進曲ももたれることのない淡々とした自然な流れが却って悲劇的に胸に沁みます。そして全曲にみなぎる気品。

いろいろ書きましたが、百聞は一聴に如かず。騙されたと思ってぜひ一度お聴きください。オススメします。
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by borituba | 2017-03-13 22:53 | おんがく | Comments(0)

今日はユージン・オーマンディ忌です。

連日のお祈り疲れで今日はぐったりしていましたが、大好きなオーマンディの命日ということで、少し聴きました。
両盤とも演奏はユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団。

ベートーヴェン:
交響曲第7番イ長調 Op.92
交響曲第8番ヘ長調 Op.93
オーマンディのベートーヴェンやブラームスは実に美しい演奏です。そして若々しさがあります。基本に忠実に折り目正しいイン・テンポ。フィラデルフィアの芳醇なオーケストラ・サウンドと手堅いアンサンブルの素晴らしさ。世評高いヨーロッパの巨匠たちの録音に決してひけをとらない素晴らしいベートーヴェンです。第8番のディヴェルティメントな味わいが最高です♪
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チャイコフスキー:
交響曲第4番ヘ短調 Op.36
弦楽セレナードハ長調 Op.48
オーマンディの十八番といえばやはりチャイコフスキーでしょう。三大バレエやマンフレッド交響曲などたくさんの名盤にはずいぶんお世話になりました。今宵はその中から弦の響きが素晴らしい2曲を楽しみます。交響曲第4番では名人揃いの耀かしい管楽器も素晴らしいです♪
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by borituba | 2017-03-12 20:28 | おんがく | Comments(0)

あなたへ…

あなたへ…

6年前にあの悪夢のようなできごとが起こるずっと以前から、この日は私にとって大事な日でした。

3月11日…あなたの誕生日。

それがこんな忌まわしい大惨事の日として人々の記憶に残る日になるなんて…私には耐えられません。

あの日、あなたはどこにいたのですか?

そして今日をどんな気持ちでむかえるのですか?

思慮深いあなたのことだから、自らの誕生日などより、多くの犠牲者に心を致して静かに過ごされるのでしょうね。

そんなあなたを思うのは辛いです。

だから、力いっぱい心を込めてあなたの誕生日をお祝いしたいと思います。私一人で。

代打満塁逆転サヨナラホームランを最後まで諦めなかった半生でしたが、ゲームセットが告げられた今、残りの人生おまけのようなもの。

でも、少しでも私の存在を必要としている人がいる限り、その人に申し訳ないのです。
だから私は生きなければなりません。

だから、せめてあなたを思い続けることだけは許してほしいのです。

多分、直接あなたに何かを伝えるようなことはないでしょう。

だから、思い続けることくらいは許してください。

そしてこれからもこの日をあなたの誕生日として祝うことを許してください。

私が生きるためのささやかな願いです。

I was born to love you.
Happy birthday only you.
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by borituba | 2017-03-11 14:46 | しんさい | Comments(0)

6年目の3・11によせて

おはようございます。
今日は東日本大震災から6年です。「もう6年」「まだ6年」…人の思いはさまざまですが、6年前の今日の恐怖とその後の惨禍を忘れてはなりません。

昨日の夜はオネゲルの誕生日ということもあって、東京大空襲と東日本大震災の両方の鎮魂と平和の祈りを込めて交響曲第2番と第3番「典礼風」と「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を聴いたことです(別途投稿しました)。

今夜は東京大空襲でほぼ全域が被災した墨田区の平和祈念・震災追悼コンサートでマーラーの交響曲第6番「悲劇的」を聴きますが、個人的には例年CDでブラームスの「ドイツ・レクィエム」(クレンペラー指揮、フィルハーモニア管)を聴いています。第2曲の「人はみな草の如く、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る。」という一節が胸に沁みます。

今年はもう一つ、フランシス・プーランクがポール・エリュアールの詩をテクストとした3つの歌曲集、「こんな日、こんな夜」「燃える鏡」「爽やかさと火」を聴くことにします。エリュアールの詩は難解なシュールレアリスムの詩ですが、人の愛と死を描いた詠む抽象画のような詩章が震災と津波の惨禍の鎮魂と不思議にフィットしていると思います。

…合掌。
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by borituba | 2017-03-11 08:22 | しんさい | Comments(0)

今日から明日への二枚

今日3月10日はアルチュール・オネゲルの誕生日ですが、日本人にとっては今日3月10日と明日3月11日は忘れてはならない惨禍の日です。

フランス音楽に心寄せる者としてはオネゲルの誕生日を祝いたいところではありますが、時空を超えて多くの罪なき人々が数時間のうちに命を落とした日でもあるこの日にはとてもそのような気分にはならないのです。

オネゲルは第二次大戦でナチス・ドイツに蹂躙されたフランスで、他国への亡命をせず、「六人組」の仲間で親友だったフランシス・プーランクや指揮者シャルル・ミュンシュらと共に芸術のレジスタンス運動に身を投じて、フランス国内を転々としながら戦争の犠牲者の鎮魂と平和の祈りを込めた作品を書きました。
それらの作品はフランスの、というだけでなく、あらゆる惨禍による犠牲者の鎮魂と平和への希望を込めた普遍的な祈りの音楽であると思います。

今宵はそんな中から3つの作品を選びました。
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交響曲第2番(弦楽とトランペットのための)
交響曲第3番「典礼風」
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

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劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」
台本:ポール・クローデル
ネリー・ボルジョー、ミシェル・ファヴォリ(語り)他
チェコ・フィルハーモニー合唱団
キューン児童合唱団
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

セルジュ・ボド(指揮)

オネゲルの5曲の交響曲のうち、大戦中に書かれた第2番と第3番は、まさしく「戦争交響曲」と言ってよく、暗く重苦しい音楽は戦争の悲惨な現実と死者への慟哭を描き、いずれも最後は平和への希望と祈りに満ちた穏やかな音楽となって終わります。

「火刑台上のジャンヌ・ダルク」は、当初舞踊詩として構想されましたが、フランスに戦火が忍び寄る中、当時フランスを代表する詩人で優れた外交官でもあったポール・クローデルが台本を創り、古今のフランスの芸術を取り入れた語り、歌い、奏でる総合的な音楽劇に仕上げた大作で、結果的には戦火による荒廃からの復活と平和への祈りの「芸術のレジスタンス」を象徴する作品となりました。

これらの録音が、かつて同じようにナチス・ドイツに蹂躙され、破壊され、後に今度は北からの戦車に蹂躙されたチェコで成されたことは、オネゲルが作品に込めた平和への祈りが普遍的なものであることを象徴していると思います。

…合掌。
by borituba | 2017-03-10 23:59 | おんがく | Comments(0)