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京成荒川橋梁(その3)

荒川橋梁を渡る3500形更新車です。更新によって顔つきが変わり、種別幕も自動化、都営線・京急にも入線可能になり、運用範囲が大きく広がったことで、現在も主力の一角を担っています。
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2007.4.26 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間

おかげさまで今月は一日も休まず更新を続けることができました。
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by borituba | 2007-04-30 21:11 | てつどう | Comments(0)

京成荒川橋梁(その2)

京成荒川橋梁の続編です。
まずは3500形未更新車です。2代目3000形の増備で赤電同様活躍の場が狭まっており、動向に予断を許さなくなっています。
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2007.4.26 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間
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by borituba | 2007-04-29 07:20 | てつどう | Comments(0)

東武堀切駅

昨日ご紹介したとおり、堀切というところは荒川「放水路」によって分断された地域です。そのため東武鉄道は大きく経路を変更して、小菅で放水路を渡るまでの路線は放水路の西岸を大きく蛇行するルートになっています。
中でも鐘ヶ淵-北千住間はカーブの連続で、東武線のスピードアップを阻んでおり、堀切駅もRの大きな急カーブの中にあり、特急、急行、快速などもレールを軋ませながらゆっくりと通過していきます。伊勢崎線の全線を走り通す特急「りょうもう」号です。
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2007.4.24 東武鉄道伊勢崎線堀切駅
昨年のダイヤ改正で日中の「快速」は「区間快速」となり、東武動物公園からの日光線では各駅停車になります。遠く会津田島からやってきた野岩鉄道車の6050系61103編成です。東武車、会津鉄道車(61201編成)と共通運用になっています。
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2007.4.24 東武鉄道伊勢崎線堀切駅
地下鉄半蔵門線の乗り入れが始まり、東急の車両や東京メトロの車両が入ってくるようになりました。東急8500系8537編成は、側面まで青い帯をまとっており「青い東急」として一際目立つ編成です。先頃発表された計画では、数年のうちに2代目5000系と交代することになっており、ローレル賞受賞の東急のエースもいよいよ世代交代の波が押し寄せようとしています。
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2007.4.24 東武鉄道伊勢崎線堀切駅
浅草-北千住間には、シャトルバスのような6両編成の各停が行ったり来たりしています。
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2007.4.24 東武鉄道伊勢崎線堀切駅
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by borituba | 2007-04-28 23:14 | てつどう | Comments(0)

荒川を渡る

かつての荒川は、秩父を水源として、寄居周辺で関東平野にでて、埼玉県をほぼ縦断して戸田橋を経て、岩淵から蛇行しながら千住へ、ここで大川(隅田川)と名前を変えて浅草、両国を経て佃島の先、竹芝あたりで東京湾に流れ込んでいました。
しかし、中小河川が多かった下流域では大雨により度々大洪水が発生し、疫病の流行を招くなど被害が大きく、氾濫を防ぐための大規模放水路の必要性が叫ばれました。
そこで大正2年から放水路の掘削が始まり、高潮や関東大震災による被害など難工事の末、10年の当初予定から遅れること7年、昭和5年になってようやく完成したのです。当時すでに開通していた東武鉄道はルートを大幅に変更、鐘ヶ淵の先で放水路に沿って大きくカーブ、堀切でさらに大きくカーブして北千住に向かう現在のルートになりました。
なにもなかったところへ「新しい川」を掘ったため、村や町が分断されたところもありました。堀切村は真ん中を放水路が通ったため、両岸に「堀切」の地名が残る結果となり、東武伊勢崎線の堀切駅は足立区にありますが、京成の堀切菖蒲園駅は対岸の葛飾区にあります。
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2007.4.24 東武鉄道伊勢崎線堀切駅
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2007.4.26 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間
放水路の完成により、東京では大規模な洪水はなくなり、周辺の都市化が一気に進みました。やがて東京の市域の拡大に伴う区制施行時にはこの地区も区制が敷かれましたが、荒川の本流は隅田川の方だったために、荒川区は放水路に面しておらず、昭和40年に本流が放水路に移ってからは「荒川のない荒川区」になってしまいました。
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2007.4.26 都電荒川線宮ノ前電停
今では堂々の本流である荒川放水路ですが、その歴史は意外にも新しく、今でもお年寄りは「放水路」と呼ぶ方が多いようです。
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by borituba | 2007-04-27 23:21 | ふうけい | Comments(0)

今日は関屋へ直行。荒川橋梁で京成の電車を撮ってきました。
2時間ほど撮ったあと、関屋駅へ戻る途中、京成の築堤の根方になかなか風情のある小祠がありました。全て白黒にしてみました。
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2007.4.26
このあたりは、かつては「関屋村」と呼ばれ、中川下流の田園地帯。近くの堀切は菖蒲の名所として知られた水郷でした。この小祠もかつての関屋村の護りとして建てられたのでしょうか。傍らの立派な桐の木とともに…
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2007.4.26
小祠の上の築堤上を、京成の特急電車が走り抜けていきました。往年の青電、赤電、開運号から現在のスカイライナーまでの京成の歴史を見届け、そしてこれからも見守り続けるのでしょうか。
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2007.4.26
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by borituba | 2007-04-26 23:02 | ふうけい | Comments(0)

昨日の京成本線の新ポイントの続編です。
千住大橋駅で撮った3300形です。旧赤電は3200形が残り1編成となり、まだ健在の3300形もいつどうなるかわからないので、しっかり撮っておきます。3328編成。
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2007.4.24 京成電鉄京成線千住大橋駅
3328編成の後追いです。
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2007.4.24 京成電鉄京成線千住大橋駅
こちらは荒川橋梁。3400形の特急。トップ編成です。
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2007.4.24 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間
3600形の特急です。8連が不足しているため、京成線・押上線両方で大活躍です。
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2007.4.24 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間
撮了直前に来た3300形です。やはり赤電のフォルムはこういう古風な鉄橋が似合います。
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2007.4.24 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間
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by borituba | 2007-04-25 22:44 | てつどう | Comments(2)

久しぶりに京成に行きました。
今回は新しいポイントを開拓してきました。まず、3200形復活塗装車を撮りに一度だけ行った千住大橋です。ここはホームがカーブの中にあり、上野方が曲がりっ端になっています。3500形のトップ編成、以前は4連で普通運用に就いていましたが、8連不足の影響で4×2の8連で特急運用に入っています。
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2007.4.24 京成電鉄京成線千住大橋駅
一方こちらは3500形の未更新車。現在はすべて4連で普通専用になっています。赤電に次いで車齢が高いため、今後の動向には予断が許せません。
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2007.4.24 京成電鉄京成線千住大橋駅
続いて、一駅先の関屋で下車。歩いて荒川の鉄橋に来ました。ここは道路橋「堀切橋」と並走しています。橋のたもとに作業用の出入り口があり、ほとんど線路端まで行けます。そこで橋を渡る電車を狙います。いきなり赤電3320編成が来ました。
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2007.4.24 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間
今日はいわゆる「ドン曇り」で、シャッタースピードが出ず、撮影には苦労しました。角度は非常によく、またほぼ終日順光になるので、晴れた日に再挑戦したいところです。
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2007.4.24 京成電鉄京成線関屋-堀切菖蒲園間
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by borituba | 2007-04-24 21:54 | てつどう | Comments(0)

平成に入り、西武沿線の人の流れに差がなくなり、車両を共通化することになり、2000系が池袋線でも走るようになりました。
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2007.4.1 西武鉄道池袋線江古田-桜台間
池袋線はかねてから「殺人ラッシュ」といわれる激しい混雑が原因の慢性的なダイヤの乱れに悩まされていたため、乗降時間の短縮のために4扉の2000系の導入が待望されていました。
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2007.4.13 西武鉄道池袋線中村橋駅
新宿線用との違いは、種別・行先表示の周りが黒くなり、完全に埋め込まれて平らになりました。現在LED化改造が進んでいます。そのため「新2000系」と呼ばれることもありますが、正式には2000系のマイナーチェンジ車両になります。増結用2連は車齢が若いことからパンタグラフはひし形のままになっています。新宿線と違って増結車は所沢方に連結されるので、逆光にならずに撮れます。
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2007.4.19 西武鉄道池袋線中村橋駅
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2006.7.8 西武鉄道池袋線東長崎-江古田間
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by borituba | 2007-04-23 22:47 | てつどう | Comments(1)

80年前のラ・フォルネ

物置を整理していた父が、こんなものを見つけてきました。
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2007.4.21
これは、大正14年5月の歌舞伎座の「筋書き」です。その中に、とても興味深い記事が載っていました。
「日露交驩交響管絃楽演奏會」という、大正14年4月に行なわれたコンサートの紹介が載っています。
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2007.4.21
まず、オーケストラのコンサートの会場が歌舞伎座、というところに驚かされます。当時は大規模なコンサートを行なえる大ホールはなく、劇場を使うしかなかったのです。歌舞伎座は当時の都心に近く、足の便がいいので、こうした公演にはよく使われたようです。昭和15年の「皇紀2600年」関連の音楽会も歌舞伎座が使われています。
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2007.4.21
もう一つの注目が、その内容です。当時のソビエトから音楽家を招いて、日本の音楽家との合同でオーケストラ公演を行なったのですが、まだショスタコーヴィチもプロコフィエフも出世前で、曲目にはベートーヴェンやワーグナー、チャイコフスキーなどが並んでいます。
そんな中で面白いのが、カリンニコフが取り上げられていること。チャイコフスキーの後継者と期待されながら、35歳の若さで夭折し、最近まで「秘曲」扱いだった交響曲第1番が演奏されています。逆に当時は人気曲であったゴルトマルクの「シャクンタラー」序曲が演奏されていますが、こちらはすっかり忘れられており、クラシック音楽にも「流行」が存在することがわかります。
また、記事のなかで、ベートーヴェンの「第7交響曲」やチャイコフスキーの「くるみ割り人形」、R.シュトラウスの「サロメ(多分「7つのヴェールの踊り」)」、ムソルグスキーの「禿山の一夜」が日本初演であること、そして「難曲」と表現されていることが興味深いですね。今やジュニア・オーケストラの子供たちが易々と弾いてしまう曲が、当時は難曲として、外国の演奏家の力を借りてようやく初演できた…というのが驚きです。
指揮は近衛秀麿と山田耕筰ですが、山田はまだ上に竹カンムリを付ける前で「耕作」の時代です(「耕作」だと貧相で田舎臭いので「耕筰」に改名したというエピソードがあります)。二人とも日本のクラシック音楽史上に残る名指揮者、作曲家ですが、当時は新進の売れっ子音楽家でした。そんな二人が揃い踏みで登場するところに日本側の意気込みが感じられます。
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2007.4.21
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by borituba | 2007-04-22 13:02 | おんがく | Comments(0)

黄色い電車のなかで、2000系は昭和52年登場ですが、平成になるまで新宿線専用で、私が初めて乗ったのも平成になってからでした。それまでは「幻の電車」であったのです。
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2006.2.7 西武鉄道新宿線野方-都立家政間
2000系は、駅間距離が短く、短距離に多くの駅が集中し、普通と優等列車の所要時間の差が小さかった新宿線で、車両のスペックを平均化するために投入されました。また、結局幻に終わった国鉄新宿駅への乗り入れを想定して、前面貫通型になり、西武の新性能車のフォルムが大きく変わることとなったのです。
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2006.7.1 西武鉄道新宿線野方-都立家政間
101系同様、分割併合用として各種編成がつくられました。増結用2連は前パンですが、池袋線用に比べ車齢が高いので、スカート取付をはじめ、種別・行先表示がLED化されるなどの更新を行い、このときにシングルアームパンタに換装されています。
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2006.2.7 西武鉄道新宿線野方-都立家政間
ついこないだデビューしたような気がする2000系ですが、第1編成はもう30年たつんですね。時代の流れを感じます。
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by borituba | 2007-04-21 22:35 | てつどう | Comments(0)