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桜鉄2007-1

桜と鉄道、今年は都電と中央線にしました。
まず今日は都電から。学習院下の桜を絡めて、7500形のトップナンバーです。この角度で撮ると、桜をくぐり抜けて来るように見えますね。
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2007.3.29 東京都交通局(都電)荒川線学習院下-鬼子母神前間
桜の方にピントを合わせ「都電をバックに」してみました。
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2007.3.29 東京都交通局(都電)荒川線学習院下-鬼子母神前間
ほぼ満開の桜をバックに、やや逆光でしたが、7000形がイイ感じで決まりました。
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2007.3.29 東京都交通局(都電)荒川線学習院下-鬼子母神前間
同じ角度で8500形を。白黒で撮ってみました。少し暗めになりましたが、かえって花がくっきり浮びあがりました。
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2007.3.29 東京都交通局(都電)荒川線学習院下-鬼子母神前間
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by borituba | 2007-03-31 23:09 | てつどう | Comments(0)

東京の桜、満開。

東京の桜は、早くも満開となりました。
飯田橋から市ヶ谷にかけて、外堀に沿って桜が並んでいます。春の陽に美しい花の帯が続いていました。
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2007.3.30
手元にも桜が…桜をバックに桜です。
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2007.3.30
御茶ノ水駅。地下鉄丸の内線が顔を出すところに見事な一本桜があります。
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2007.3.30
一転、こちらは夜桜。アークヒルズの裏手に桜のトンネルがあります。ライトアップされて、昼間と違った顔をみせます。
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2007.3.30
トンネルの中に入って、真上を向いて撮ってみました。
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2007.3.30
こちらは昨日の学習院下。白黒にしてみました。
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2007.3.29
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by borituba | 2007-03-30 23:46 | はな | Comments(0)

今週に入り一気に暖かくなったこともあり、桜が一気に咲き出しました。今日は都心では満開になったところもありました。学習院下の桜も7分咲きになっていました。
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2007.3.29
花盛りは桜だけではありません。ニラの花もきれいに咲き揃いました。
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2007.3.29
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2007.3.29
ハクモクレンはそろそろ終わりですが、紫色のモクレンは今が盛りです。濃い紫が春の青空によく映えます。
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2007.3.29
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2007.3.29
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by borituba | 2007-03-29 23:30 | はな | Comments(0)

我が家の桜が花開きました。
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2007.3.28
一昨日チラホラと咲き始め、昨日はちょっと肌寒かったので少し開花が鈍りましたが、今日は暖かくなり、一気に数多く開いてきました。
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2007.3.28
夕陽に桜の花がきれいに映えていました。桜はどんな光線でもきれいに見えますね。
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2007.3.28
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2007.3.28
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by borituba | 2007-03-28 23:08 | はな | Comments(0)

昭和44(1969)年の受賞は、前年に新規開通した都営6号線(現都営三田線)の6000系でした。当時の先端的な技術を導入した車両で、都営線初の20m車でした。これは当初三田線は東武東上線・東急田園都市線との相互乗り入れを予定していたので、当時の標準である東武8000系に準じたためでした。ところが、東上線との乗り入れは8号線(現有楽町線)に、東急との乗り入れは11号線(現半蔵門線)に持っていかれたため、相互乗り入れができないまま開通しました。
後に東急目黒線への乗り入れを開始しますが(東急の車両が入らないため「相互乗り入れ」ではありません)、白金高輪-目黒間が東京メトロ南北線と共用になり、ホームドア寸法やATSの形式の都合で後継の6300系に置き換えられました。
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2005.5.22 東京急行電鉄目黒線不動前駅
しかし、高性能で、使い勝手もいい車両のため、多くの車両が熊本電鉄や秩父鉄道、また遠くインドネシアに譲渡されて活躍を続けています。これは秩父の元6000系(秩父鉄道5000形)です。秩父には3連4本の計12両の他部品取り用として2両が譲渡されました。6000系の先頭車にはついに使われることのなかった種別幕(東上線・田園都市線内で急行運転の予定があったため)がありますが、臨時急行の運用に入るときに使われるので、奇しくも譲渡先に行ってから種別幕が役に立っています。
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2005.8.11 秩父鉄道秩父駅
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by borituba | 2007-03-27 23:02 | てつどう | Comments(0)

都電荒川線を走る車両たちです。
7000形、7500形の一部は、以前ご紹介したとおり広告ラッピングが施されています。下町を走るということもあって、広告の内容も庶民的なものが多いようです。
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2007.3.20 東京都交通局(都電)荒川線新庚申塚-西ヶ原四丁目間
しかしながら、ラッピングのない普通塗装車の方がスッキリしていて私は好きです。7500形と7000形とでは塗り分けが若干違います。
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2007.3.20 東京都交通局(都電)荒川線新庚申塚電停
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2007.3.20 東京都交通局(都電)荒川線庚申塚電停
荒川線は、吊掛けの7000・7500形と共に現在の最新型8500形はVVVFインバータ車と、新旧の技術が同居しています。8500形はすっきりしたフォルムに加え、中扉が両開きになり、インバータ制御のため加減速がスムーズで乗り心地もよくなっています。パンタグラフはZパンタになっており、ヨーロッパの軽快電車のようですね。
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2007.3.20 東京都交通局(都電)荒川線学習院下電停
最近ではシングルアームパンタに付け替えられている車両が出ています。パンタグラフが替わっただけでずいぶん感じが変わりますね。
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2007.3.20 東京都交通局(都電)荒川線新庚申塚電停
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by borituba | 2007-03-26 22:31 | てつどう | Comments(0)

巣鴨といえば、とげぬき地蔵が「おばあちゃんの原宿」として有名です。毎月4のつく日はお縁日で、近くを通る都電荒川線も臨時電車を出すほどの賑わいを見せます。そのとげぬき地蔵の最寄電停は「庚申塚」になります。
庚申塚とは、江戸時代に盛んになった庚申信仰の遺構です。
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2007.3.20
庚申(かのえさる)の夜、人間の体内に巣食う三尸という虫が這い出し、天帝に人間の悪事をチクり、寿命を縮めるということで、庚申の夜には宴会を開き、徹夜で騒いで三尸を封じ込めるというもので、元々は中国から伝わった道教の修行の一つでしたが(天帝を祀った堂に参籠する)、日本の神道や仏教と結びつき、農村部では数少ないレクリエーションに転化しました。
庚申の夜に宴会を開くことを「庚申待ち」、会場を「庚申堂」といい、村落単位で「庚申講」というグループが作られました。旧暦では1年は360日ですから、庚申の日は年に6回、それを3年分続けると(18回)、一回りとして記念に石で塚を作りました。これが庚申塚とか庚申塔とかいわれるものです。
日本では道教はついに根付きませんでしたが、庚申信仰は民間信仰に形を変えて定着しました。庚申ということで猿にちなんだ猿田彦命や、庚申の本尊青面金剛尊を彫った庚申塚が現在でも全国各地に残っています。猿田彦命を祀った巣鴨の庚申堂はその一つで、郷土の歴史的な遺構としても重要です。現在は「庚申待ち」は行なわれていませんが、土地神として信仰されています。
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2007.3.20
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by borituba | 2007-03-25 19:47 | ふうけい | Comments(0)

大塚駅前-飛鳥山間は、荒川線最古の開業区間になります。
明治時代後期、都市郊外の鉄道は電源開発事業とセットになることが多く、むしろ送電線の下の遊休地を使った鉄道事業は「副業」で、電気を売る方が「本業」であったようです。
都電荒川線は、戦前までは王子電気軌道という「私鉄」でした。設立は明治43(1910)年。現在の板橋、練馬、豊島、北、荒川の各区と、埼玉県の川口市、草加市の全域と八潮市の南部に電気を供給する、当時の東京の電力供給会社のトップ3に入る有力会社でした。
この中で、早稲田~三ノ輪橋、王子~赤羽間の送電線を利用した鉄道事業の免許を取得した王子電気軌道は、大塚駅前-飛鳥山間を明治44(1911)年に開業しました。細かいアップダウンが続く丘陵地帯をのどかに走っていたようです。
昭和になり、戦争が迫ってくると、電気や鉄道といった産業は国家の統制を受けるようになり、電気事業は国策会社に(現在の東京電力)、鉄道は国有・公有化、あるいはいくつかのグループ化されていきます。王子電気軌道も、すべての事業を東京市(当時)に供出して消滅しました。しかし、地域の人々に親しまれた「王子電車」の愛称は根強く残り、お年寄りの中には今でも「王子電車」と言う人がけっこういます。
新庚申塚-西ヶ原四丁目間には、明治44年に開通した当初の送電線併用の架線柱が今でも健在です。送電線部分は撤去されていますが、架線柱としてはまだまだ現役です。もうじき100歳になりますね。
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2007.3.20
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2007.3.20
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by borituba | 2007-03-23 21:10 | てつどう | Comments(0)

鬼子母神前から一駅、雑司が谷に来ました。この区間は、地下鉄13号「副都心線」と、池袋と目白通りを結ぶ明治通りのバイパスの工事が同時進行中で、線路の左右が更地になっています。
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2007.3.20
すぐ近くの雑司が谷墓地には、著名人の墓が数多くありますが、十五世市村羽左衛門、六世尾上梅幸、六世尾上菊五郎という、大正から昭和前半を代表する3人の名優の墓があります。
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2007.3.20
歌舞伎の世界に「女房役者」という言葉があります。大体同世代で、芝居の相手役をずっと務めた役者のことをこう言います。十五世羽左衛門の「女房役者」だったのが六世梅幸でした。ライバルだった五世歌右衛門が淀君や政岡など孤高の女性を得意としていたのに対して、梅幸の方は三千歳やおかる、揚巻といったいい男と対になる女性も得意としており、その相手役が天下の美男十五世羽左衛門だったのです。二人の墓は寄り添うように並んで建てられています。
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2007.3.20
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2007.3.20
六世梅幸の弟で、十五世羽左衛門の従弟が六世菊五郎です。十五世羽左衛門が一代の美男として今も語り草になっていますが、六世菊五郎は悪声というハンデを逆手にとったリアルな表現と、近代人としての斬新な解釈で再構成した世話物、そして肉体表現の極北といっていい厳しく鍛え上げられた舞踊で、後世の役者に強い影響を与え、そのDNAは現在の花形たちまで受け継がれています。墓所は兄や従兄の墓所から少し離れたところに意外にひっそりと建てられています。
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2007.3.20
墓石の傍らには、音羽屋の替え紋である杏葉菊の紋を立体的にした手水鉢が、名優の墓所に彩を添えています。
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2007.3.20
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by borituba | 2007-03-22 23:27 | ふうけい | Comments(0)

豊島区内の都電荒川線散歩、学習院下から鬼子母神前まで歩きます。
学習院下を出た三ノ輪橋ゆきは、急勾配を登り、目白通りをくぐって鬼子母神前にむかいます。目白台といわれるとおり、学習院や鬼子母神の周辺は台地になっており、神田川に向けて急な崖になっており、都電と平行する道路はいずれもご覧のような急坂になっています。
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2007.3.20
昭和初期、関東大震災からの復興に伴って、密集した都心の住宅地で火災の被害が多かったことから当時「郊外」だった山手線の西側に住宅地が広がってゆきました。そのため、昭和2年の都市計画で、東京都心(江戸城=皇居)から放射状にのびる旧来からの街道(東海道・中仙道などの旧五街道プラス脇街道=川越街道・青梅街道・中原街道など)を繋ぐ8つの環状道路が計画されました。このうち環状1号から4号は、用地難などで断続的にしか建設できず、事実上頓挫していますが(75年以上たった現在でも計画自体は生きています)、5号から8号までは開通しており、環状8号線は計画から77年にして昨年やっと開通しました。
環状5号線は比較的早く開通し、明治通りという通称がつけられて、これが定着しています。豊島区内を都電荒川線に沿うようにほぼ南北に貫いています。
旧来からの街道であった目白通りをクロスするところは、都内最初期の立体交差となり、昭和7年、豊島区の誕生と同じ年に目白通りに橋が掛けられました。これが現在も残る「千登世橋」です。
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2007.3.20
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2007.3.20
親柱は当時の流行であったアールデコ調のデザインになっています。
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2007.3.20
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2007.3.20
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by borituba | 2007-03-21 22:48 | ふうけい | Comments(0)