今日は、この電車は都心に来られるのか?という話題です。
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2006.6.1 京成電鉄京成線中山駅
京成AE100系「スカイライナー」は現在、京成上野-成田空港間を結んでいます(モーニングライナーとイブニングライナーの一部は成田まで)。初代のAE車は、上野付近と成田空港付近の地下区間のための対応はしていましたが、前面非貫通で都営線には入れませんでした。
2代目は画像を見ていただけば分かるとおり前面貫通型になっており、都営線に入線可能であるばかりでなく、先頭車は制御電動車であり、京急への入線も可能です。
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2006.7.3 京成電鉄京成線お花茶屋駅
実はスカイライナーの乗り入れの話は、以前から出ていました。しかし、都営線内では特急運転が難しいこと、地下水問題などの影響で浅草線の東京駅乗り入れ計画が宙に浮いていること、京急蒲田駅の高架化がまだ完了していないことなど問題が多く、まだ計画の段階から進展していません。京成はターミナルの面で南は大船、北は大宮まで足を伸ばすJRのNEXに比べハンデを負っているため、設備さえ整えばすぐにでも乗り入れたいようです。
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2005.6.20 小田急電鉄江ノ島線中央林間駅
一方、こちらの方は具体化が進んでいるようです。小田急のロマンスカーは、新宿-小田原・箱根湯本・片瀬江ノ島間を結んでいますが、夕ラッシュ時には通勤客の利用も多く、ビジネス特急の需要が増えてきています。
そこで、代々木上原から地下鉄に入り、都心へ直通する「通勤ロマンスカー」構想が進んでいます。ビジネス用の運用を考慮した30000系「EXE」が有力候補ですが、問題はどこまで直通するかにあるようです。千代田線は途中駅に引揚線が少ないので、折り返しをどうするかというのが最大のネックになっています。また、追い抜きができないので地下鉄内ではスピードが激減するというのもネックであり、急行運転を想定していなかった都心の地下鉄の抱える一つの問題といえるでしょう。
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2005.10.3 小田急電鉄小田原線参宮橋駅
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by borituba | 2006-07-31 22:56 | てつどう | Comments(3)

都営浅草線という地下鉄は、ある意味東京でもっとも影が薄い地下鉄かもしれません。それは、2つの理由があります。
一つは、地下鉄としてはメインルートとはいえない路線であることです。西馬込-五反田-泉岳寺-新橋-東銀座-浅草橋-浅草-押上という、東京の旧市街の端をなぞるような路線は、丸の内や霞ヶ関や六本木や銀座通りなど東京都心の中心から微妙に距離を置いており、また渋谷・新宿・池袋といった副都心レベルの街とは縁がないルートになっています。
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2006.7.13 京成電鉄押上線八広駅
もう一つは、自社車両の影が薄いことです。浅草線には京急、京成、北総と3社(厳密には芝山鉄道の3600形が来るので4社)の車両が来ています。
京急=1000形、1500形、2代目600形、N1000形(4種類)
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2006.7.3 京成電鉄押上線八広駅
京成=3200系、3300系、3400系、3500系(更新車のみ)、3600系(芝山車を含む)、3700系、2代目3000系(7種類)
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2006.4.14 京浜急行電鉄本線新馬場駅
北総=7000系、7250系、7300系、7500系、9000系、9100系(6種類)
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2006.7.13 京成電鉄押上線八広駅
以上ざっと17種類の電車が走り抜けていますが(京成・芝山3600系は京急には入れない)、都営の車両は5300系と1編成だけ予備車として残っている5200形の2種類のみで、地上に顔を出すのも5300系だけで(実際には5200形は現在他線への乗り入れはしておらず、ほとんど西馬込-泉岳寺間の区間運転になっています)バラエティに富んだ各社のラインナップに比べやはり見劣りがするのは否めません。
相互乗り入れの場合、乗り入れる車両を運転する場合のコストを均等に負担することになっています。なので、基本的に運転コストを揃えるために車両のスペックも極力揃えるようになっています。しかし、極端にスペックが異なる車両が乗り入れてくる場合、その差額を支払うケースもかつてはあったそうです。
また、乗り入れる会社によって車両数にバラツキがある場合、例えばA社が10編成あるのに対して、B社が8編成しかない場合、差し引き2編成分のコストを負担しなければなりません。
しかし、どこの会社も経営合理化に四苦八苦している中で、実費負担はなるべく避けたいのが実情です。そこで、乗り入れ車両をお互いに交換する形で費用負担を相殺しています。
浅草線で例をとると、5300系が押上始発の京成線の運用に入ったり、京成の車両が押上-西馬込間を往復したり、かつての例では京急の車両が京成線内の運用に入って上野に顔を出したりしていました。芝山鉄道の場合はちょっと特殊で、自社車両が1編成しかないため、ほとんど他社線区に出稼ぎに行って、費用を相殺しています。
最近の例では有楽町線で、西武6000系が和光市-新木場間を往復する運用や、半蔵門線における東武車の押上・白河清澄止まりの運用なども、相殺のためのものです。千代田線でJR車、小田急車が地下鉄区間から先には行かないのは、相殺運用のために機材を増設したりするコスト増を嫌ってのことのようですが、前に書いたとおり「迷惑乗り入れ」などと言われる原因になっています。
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2006.7.13 京成電鉄押上線八広駅
都営浅草線の沿線の現状を考えると、この路線が東京都が「第1種鉄道事業者」である必要性が極めて薄いような気がします。最古の都営地下鉄として、建設費などの減価償却はとっくに終わっているので、関西の神戸高速鉄道のような「第3種鉄道事業者」=線路の貸し出し業になったほうがいいのではと思うのですが…
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2006.7.13 京成電鉄押上線八広駅
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by borituba | 2006-07-27 22:09 | てつどう | Comments(3)

都営新宿線は現在、京王線に乗り入れています。
京王線は、大手私鉄では唯一、1372mmという特殊なゲージを用いています。実はこれは、京王線が「元祖相互乗り入れ」になるはずだった名残りなのです。
府中からほぼ甲州街道に沿って走ってきた京王線は、現在新宿駅の西口に突っ込む形になっていて、新線は新宿三丁目から延びてきた都営線がJR線をくぐったところに新宿駅があります。
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2006.6.6 京王電鉄京王線下高井戸駅
かつて、笹塚-新宿間が地下線になる前は、現在のルミネのあたりに駅があり、併用軌道で甲州街道を突っ切っていました。さらに前の戦前は、併用軌道でJRを越えて、今の場外馬券売り場あたりに駅があったのです。これは開業当初、東京市電(都電)へ乗り入れ、市電を通って八王子-都心を一本で結ぶ計画があったためです。そのため、京王線は市電の標準軌間である1372mmで開業しました。
しかし、計画は頓挫して乗り入れは実現せず、京王線は1372mm軌間のまま取り残される結果になりました。同じように市電への乗り入れが頓挫した京浜電鉄(現京急)は、1435mmに改軌しています。
その後、戦災での駅焼失などがあり西口側に駅を再建した京王は、東京オリンピックを機に併用軌道を廃止して地下線になりました。
京王の悲願だった都心乗り入れが実現したのは昭和55年。都営新宿線が開通してからです。すでに8年も前から乗り入れ対応の6000系を用意していました。現在は次世代の9000系との世代交代が進行中です。
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2006.6.6 京王電鉄京王線下高井戸駅
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2006.1.24 京王電鉄京王線明大前駅
都営新宿線は都営地下鉄では初めて県境を越え、千葉県に終点を置きました。計画では京成との乗り入れが検討されましたが、1372mmゲージがネックとなって実現せず、新京成線新鎌ヶ谷延伸も未だ計画の段階で進展がありません。京成はすでに都営浅草線を介して都心乗り入れを実現しており、また、京急との直通完成時に1372mmから1435mmへ改軌していたこともあって難色を示しました。もともとの計画が成田空港の計画前のものであり、ここでも都市交通の変化に翻弄された都営地下鉄、という印象が強い現象です。
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2006.6.6 京王電鉄京王線下高井戸駅
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2006.6.6 京王電鉄京王線下高井戸駅
もし京成との乗り入れが実現していたら、上の下高井戸にこの電車が来ていたかもしれませんね。
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2006.4.14 京浜急行電鉄本線新馬場駅
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by borituba | 2006-07-26 12:30 | てつどう | Comments(4)

今日からは都営線の乗り入れ形態について考えてみます。
都営地下鉄は、東京高速鉄道が戦後国策会社の帝都高速度交通営団になったことに伴い「地下鉄の公営化」論議が起こり、東京高速=交通営団が免許を取得した路線を除いた路線を担当することでスタートしました。交通営団が採算性などから二の足を踏んだところを半ば押し付けられた形だったのです。
その後都市計画の変更などでルートや乗り入れ先が二転三転したあげく、結果として乗り入れ先の路線の事情に全て付き合う形になり、全4路線が全て軌間と規格が違うということになったのです。1号線(浅草線)は1435mm(標準軌)、6号線(三田線)は1067mm(日本狭軌標準)、10号線(新宿線)は1372mm(馬車軌と呼ばれる特殊な軌間、路面電車に多い)となっています。乗り入れがない12号線(大江戸線)は1435mmですが、リニア駆動ミニ規格となっており、全ての路線が互換性を持たない特異な現象になっています。
三田線は当初、東武東上線、東急池上線との相互乗り入れが計画されていましたが、東上線の方は8号線(営団有楽町線)に変更となり、また池上線の方は玉川線(玉電)の代替線である地下新線(現田園都市線)に変更の上、11号線(半蔵門線)に移行となってしまい、長らく西高島平-三田間で営業。相互乗り入れは宙に浮いた形でしたが、7号線(営団南北線)の延伸時に三田-白金高輪間を建設し、白金高輪-目黒間は南北線と共用し、東急目黒線との相互乗り入れを開始しました。現在は都営6300系、東急2代目3000系、2代目5000系が西高島平-武蔵小杉間で活躍中で、目黒線の地下線化に伴いこの9月からは急行も運転される予定になっています。
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2005.5.22 東京急行電鉄目黒線不動前駅
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by borituba | 2006-07-25 23:02 | てつどう | Comments(0)

東京地下鉄東西線は、両端型乗り入れですが、東葉高速鉄道の開通までは、両端の乗り入れ先が同じ会社(国鉄=JR)という点が特徴的でした。
日比谷線と並び乗り入れのキャリアが長い路線のため、車両の代替わりが進んでいますが、初代の5000系が最後の活躍をしています。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
現在の主力は05系。大量の5000系を序々に置き換えたために比較的長期に渡って製造され、製造時期によって顔が大きく変わっているのが特徴です。これほど顔が違うと、別の形式に見えますね。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
近くここに新しい仲間が登場することになりました。現在有楽町線を走っている07系が東西線に転属することになったのです。来年に開通が迫った13号線はホームドア装備となり、西武6000系、東武9000系、メトロ7000系は寸法が揃っていますが、07系だけは設計が異なりドアの間隔が違うため、13号線用には7000系とドア間隔を揃えた10000系(いわゆる「0系列」とは設計が異なるために南北線用の9000系の次の10000系となりました)を投入することになったために07系は余剰となり、他線区への転属が行なわれることになり、5000系の置き換えを兼ねて第1弾は東西線になりました。これにより東西線草分けの5000系はその生涯を終えることになります。
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2006.7.11 西武鉄道池袋線中村橋駅
乗り入れてくるJRは、5000系にスペックを合わせて作られたオリジナルの301系(国鉄初のアルミ車)、103系に301系のスペックを組み合わせた103系1000・1200番台が長らく活躍しましたが、地下鉄側の5000系置き換えに時を同じくしてE231系の地下鉄ヴァージョン800番台に全て置き換えられました。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
1996年、東葉高速鉄道がさまざまな紆余曲折の末に開通。ラッシュ時だけJR総武線津田沼までの変則的な両端型乗り入れが、完全な両端型になりました。
紆余曲折の末、ということもあって、当初は05系投入で余剰が出ていた5000系の譲渡を受け、改造した1000系10編成で開業しました。しかし、セミステンレスの5000系は当時でもかなり経年劣化と痛みが激しく、10年を目途に置き換えることになり、2004年から05系の後期車(俗に「吊り目」といわれる)をベースにした自社発注の2000系を投入、今年本家の5000系の引退と同時に完全に置き換える予定になっています。
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
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2006.1.26 東京地下鉄東西線西葛西駅
ここでの問題は「運賃」です。建設中の事故や反対運動、さらには地権者の「ゴテ得」など都市交通の新設における諸問題を全て抱え込んだかのような経緯を経て開業した東葉高速は、莫大に膨れ上がった建設費の償還のために「割高」といわれるJRの運賃体系の2倍近い高額運賃で話題となったほどで、「東葉高額鉄道」などと陰口を叩かれる始末。また、北総鉄道、千葉急行(経営破綻。現京成千原線)などと同様バブル崩壊後の沿線開発の遅れの影響をもろに被って、悪戦苦闘が続いています。過日訪れた新京成との接続駅である北習志野(音読するとなんだか汚い駅みたいですが、キレイな駅です)も、平日の日中とはいえ閑散としていました。やはり松戸や津田沼に出た方が安い、ということで敬遠されているようです。経営が大変なのはわかるのですが、建設費を運賃に転嫁する昨今の方式はもはや限界にきており、運賃体系の見直しなどが望まれます。事実北習志野から東西線直通で飯田橋で降りたとき、パスネットの引き額を見て愕然とした経験があり、乗り入れ時の運賃割引など工夫をしないとこのままでは第2の千葉急行になりかねません。
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by borituba | 2006-07-24 12:36 | てつどう | Comments(3)

両端型相互乗り入れの場合、何社もの車両が走ることになります。そのため、車両の長さや性能などはどこかの会社のスペックにある程度統一する必要があります。そのため、相互乗り入れ用に新しい車両を開発したり、既存の車両を改造したりして対応しています。大体は制約の多い地下鉄に合わせるケースが多いようです。
そんな中、東京地下鉄半蔵門線の場合は、最初から相互乗り入れ先が決まっていたこともありますが、むしろ地下鉄のほうがスペックを合わせていったという点で珍しいケースでしょうか。
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2005.6.14 東京急行電鉄田園都市線たまプラーザ駅
半蔵門線は当初、渋谷-青山一丁目間のわずか3駅間の開通で、営団(当時)は新型車の投入をせず、東急田園都市線(当時は新玉川線)の延長線のような扱いで、8000系の地下鉄対応ヴァージョンである東急8500系が乗り入れていました。関西の神戸高速鉄道のように自社車両がない状態で乗り入れ車両だけが走る「第3種鉄道事業者」状態だったのです。
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2005.6.14 東京急行電鉄田園都市線たまプラーザ駅
その後営団は6000系列の8000系を投入しましたが、両数が少なく、沿線の女子高生から「当たるとラッキー(アンラッキーというのもあったと聞きます)」と、おまじないの対象になっていました。東急8500系が10両編成だったのに対して、10両編成の2次車の登場まで長いこと8両編成で、また、当時はどちらの車両が来るかわからなかったため、混乱を防ぐために運用が限定されたりしたことが一層影の薄さに拍車をかけました。
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2005.6.12 東武鉄道伊勢崎線曳舟駅
2003年に水天宮前-押上間が開通し、東武鉄道伊勢崎線と相互乗り入れを開始、両端型相互乗り入れが完成しました。東武は日比谷線乗り入れ用2000系以来、乗り入れ用の車両は必ず新造で対応しており、このときも30000系を投入しました。それからわずか3年の現在、乗り入れが従来の日光線南栗橋に加え、伊勢崎線久喜までとなったのを機に東武の新しい通勤標準車である50000系の地下鉄対応ヴァージョン50050系がデビュー。これから増備が進む模様です。
一方東急は当初8500系で対応しましたが、一部の車両は東武線乗り入れ不可能だったため、東急発の列車は清澄白河・押上ゆきが多く、迷惑乗り入れというクレームが相次いでいました。一番上の画像は乗り入れ不可編成で、識別のために前面窓に「K」マークが付けられています。乗り入れ可の編成は、識別のためにスカートがついています。
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2005.6.14 東京急行電鉄田園都市線鷺沼駅
折り良く8500系の老朽化に伴って、2代目5000系が投入され、田園都市線用の車両は全て地下鉄・東武を走り通せるようになっており、乗り入れ列車の増発に一役買っています。これに伴って8500系は東武乗り入れ可能編成を除き大井町線への転属や譲渡が始まりました。
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2005.6.14 東京急行電鉄田園都市線たまプラーザ駅
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by borituba | 2006-07-23 20:44 | てつどう | Comments(0)

相互乗り入れには大きく2つのパターンがあります。勝手に命名させてもらいますと、
1.両端型=地下鉄を介して両端が他社とつながっている形。日比谷線、都営浅草線など。
2.末端型=地下鉄の片方の端のみ他社とつながっている形。有楽町線、都営三田線など。
両端型では、地下鉄を通って両端の路線を走り通すタイプと、地下鉄の一方の端までは行くが、その先には入らないタイプがあります。
日比谷線を例にとりますと、東武の車両は東武動物公園-北千住-中目黒と走りますが、東急東横線には入りません。逆に東急の車両も菊名-中目黒-北千住と走り、東武伊勢崎線には入りません。
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2006.1.12 東武鉄道伊勢崎線春日部駅
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2005.10.25 東京急行電鉄池上線御嶽山駅(東急1000系は地下鉄乗り入れ用として東横線でも活躍しています)
一方東京地下鉄の03系は両方の路線に入りますが、運転区間は東武車、東急車と同じになっています。伊勢崎線に行った列車は折り返しは中目黒まで、東急に行った車両は北千住までです。
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2006.1.12 東武鉄道伊勢崎線春日部駅
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2006.7.20 東京急行電鉄東横線都立大学駅
これと同じ形なのが千代田線です。JRの203系は取手-綾瀬-代々木上原間の運転、小田急の1000系は本厚木・唐木田-代々木上原-綾瀬間の運転です。ただ日比谷線と違うところは、東京地下鉄6000系は両方の路線を走り通すことができるところです。現在では小田急線内「多摩急行」として唐木田-代々木上原-綾瀬-松戸-柏・我孫子を走り抜けています。
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2006.6.12 東京地下鉄千代田線綾瀬駅
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2006.1.17 小田急電鉄小田原線代々木八幡駅
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2005.4.22 小田急電鉄小田原線狛江駅
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2006.6.12 東京地下鉄千代田線綾瀬駅
どちらの場合も、両側の会社の車両スペックやダイヤ組成などの都合や、お互いの利害関係の影響で、変則的な運用になっているのが現状です。特に千代田線の場合、来る車両によっては末端駅での乗換えを強いられる利用者にとってはネックであり、改善を望む声が絶えませんが、未だに実現していません。経営状態や路線の発展性が違う会社同士を結ぶ相互乗り入れの難しさを表す現象の一つといえます。
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by borituba | 2006-07-22 10:09 | てつどう | Comments(2)

関東と関西の私鉄を比較すると、最も目立つポイントが「相互乗り入れ」です。基本的に山手線のラインで路線が止まっている東京の私鉄は、戦後急激に整備された地下鉄に乗入れることで都心へのアクセスを改善していきました。一方、中心駅が大阪環状線から大きく中に入っている大阪では、地下鉄と私鉄との「分業」が早くから進んでいました。そのため、大阪の地下鉄は阪急が乗入れている堺筋線を除き第3軌条式で、中央線が近鉄と相互乗り入れをしても、近鉄側が第3軌条の新線(生駒線)で対応するようになっています。
現在、東京の地下鉄は第3軌条の銀座線・丸の内線とリニア駆動方式の都営大江戸線を除き全ての路線が他社との相互乗り入れを行なっています。
日比谷線(東武伊勢崎線東武動物公園-北千住-中目黒-東急東横線菊名)
東西線(JR中央線三鷹-中野-西船橋-JR総武線津田沼・東葉高速鉄道東葉勝田台)
千代田線(JR常磐線取手-綾瀬-代々木上原-小田急線本厚木・唐木田)
有楽町線(東武東上線森林公園-和光市・西武池袋線飯能-小竹向原-新木場)
半蔵門線(東武日光線南栗橋・同伊勢崎線久喜-押上-渋谷-東急田園都市線中央林間)
南北線(埼玉高速鉄道浦和美園-赤羽岩淵-目黒-東急目黒線武蔵小杉)
都営浅草線(北総鉄道印旛日本医大-高砂・京成線成田空港・芝山鉄道芝山千代田-押上-泉岳寺-京浜急行空港線羽田空港・久里浜線三崎口)
都営三田線(西高島平-白金高輪-目黒-東急目黒線武蔵小杉)
都営新宿線(京王多摩線橋本-調布-笹塚-新線新宿-本八幡)
今日からシリーズでこの相互乗り入れについて考えていきます。相互乗り入れを行なう場合、地下鉄を通るためのいろいろな制約や条件があるため、各社とも専用の乗り入れ車両を用意することが多くなります。ほとんどの場合地下鉄側に条件を合わせるのが普通ですが、標準的な車両をそのまま乗り入れでも使用することもあります。それで歴史的な名車になったのが京急1000形です。1000形以後、普通専用と言っていい800形、元快特専用車だった2000形を除き全て乗入れ対応としたため、現在は1000形が都営線に入ることはめっきり減りましたが、それでも朝夕ラッシュ時には押上や青砥・高砂まで足を伸ばすことがあります。
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2006.3.15 京浜急行電鉄本線品川-北品川間
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by borituba | 2006-07-20 22:45 | てつどう | Comments(1)

1992年の6000系に続いて、「青い電車」第2弾として2000年に登場したのが20000系です。101系の置き換えを目的に作られた20000系は、3000系以来となる前面非貫通車で、地上専用としてデビュー、以来西武の新しい標準型通勤車として現在も増備が続いています。
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2006.7.8 西武鉄道池袋線東長崎-江古田間
20000系と3000系を見比べてみてください。車体の色が対照的なので気がつきませんでしたが、フォルムとしては701系→101系→301系→3000系と続く西武のフォルムを受け継いだ伝統的なスタイルであることがわかります。
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2006.7.15 西武鉄道新宿線野方-都立家政間
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2006.7.15 西武鉄道新宿線野方-都立家政間
20000系のトップ編成は新宿線にいます。地下鉄乗り入れがない新宿線用として投入されましたが、一次車のほとんどは優等列車が10両が基本の池袋線に吸収され、新宿線にはトップ編成のみの配置、他は8両編成の2次車以降になっています。池袋線には逆に8両編成は2本と少なくなっています。
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2006.7.11 西武鉄道池袋線中村橋駅
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by borituba | 2006-07-18 23:15 | てつどう | Comments(3)

1992年は、西武鉄道の大きな変化の年となりました。
それまで西武の車両は黄色でしたが、野球のライオンズのユニフォームでおわかりの通り西武グループのコーポレートカラーは青で、電車だけ色が違っていました。昭和63年にデビューした4000系は白ベースで、これもかなりのインパクトがありましたが、飯能以遠が主な活躍場所で、池袋口には休日以外は顔を出さないため、イメージチェンジの効果はあまり感じませんでした。
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2006.7.11 西武鉄道池袋線中村橋駅
1992年、地下鉄有楽町線との相互乗り入れに備えて、3000系以来10年ぶりの完全な新型車両がデビューしました。それが6000系です。西武初のステンレス車、左右非対称の前面、銀色に青の帯という今までとは全く違うフォルムの車両。初めて見たときには本当に驚いたものです。
しかし、乗入れ対応とはいえ当時まだ練馬駅の高架化は未完成で、デビューからしばらくは「地上勤務」状態が続いていました。その後新桜台-練馬間が単線で暫定開業しましたが、練馬駅に引揚線がないため、運用は営団7000系が中心で、西武車は早朝深夜に入るだけでした。
練馬駅の高架化が完成し、西武車も日常的に有楽町線に入るようになりましたが、1次車の7編成は地下鉄用のATCを搭載していなかったため、新宿線に回り、池袋線用にデビューしたにもかかわらず、トップ編成は新宿線にいるという珍現象になっています。
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2006.7.1 西武鉄道新宿線野方-都立家政間
相互乗り入れ完成後に増備された6000系は、軽量化のためにアルミ車体になりました。アルミ車体の汚れやすさを考慮して、京成3400系に似た青味がかったグレーに塗装され、ステンレス車体の編成と区別するため6050番台の番号が付けられています。そのため「6050系」と呼ばれることもあるようですが、性能などは同じなので公式には6000系で統一しています。
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2006.7.11 西武鉄道池袋線中村橋駅
現在、池袋線では乗り入れ車としては勿論、池袋口にも顔を出すなど秩父線、豊島線以外全線で活躍しており、有楽町線の運用の関係で東上線の和光市に顔を出すこともあります。乗り入れ以外では10両固定編成ということで、快速急行から準急まで優等列車に入ることが多くなっています。
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2006.7.11 西武鉄道池袋線中村橋駅
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by borituba | 2006-07-17 12:14 | てつどう | Comments(0)