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走る高級ホテル

寝台特急「カシオペア」は、青函トンネルの開通によって、東京と北海道を直結することが可能になり、飛行機との差別化を目指して、単なる移動手段としてではなく、乗ることそのものを楽しめるような夢の特急としてデビューしました。
専用機による牽引、日本の鉄道初の全車スイートルーム(2人用個室)、1編成だけの専用編成…とにかく全てが特別に作られた走る高級ホテルが「カシオペア」なのです。大阪-札幌間を走る「トワイライトエキスプレス」も同様のコンセプトが加味されていますが、こちらには昔ながらの開放式B寝台(ハネ)まで5種類の寝台が連結されているのに対し、「カシオペア」はオールA寝台(ロネ)となっています。運転日も「トワイライト」が週4日(2編成制)に対し週3日(1編成制のため)となっています。これは、予備編成がないので、点検日がとれないためで、ダイヤが乱れても運休にできない(上りまで運休になる)ため、重大な事故などで東北本線に不通個所が発生した場合は、上越線や常磐線を経由して運転されます。
「カシオペア」は専用のEF81が牽引します。塗色も客車に合わせた特別なもので、牽引時以外は屋内にいるほどの「特別扱い」になっています。個人的にはちょっとケバケバしくて好きになれないのですが…
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2005.5.27 東北本線尾久-赤羽間

両端が展望車を兼ねた最高級室になります。虹色にかがやく編成は、操車場の奥で昼寝-点検中でもよく目立ちます。ただし、日本の風景にマッチしたデザインか?と問われるといささか疑問ではありますが。
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2005.5.27 東北本線尾久-赤羽間
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by borituba | 2005-05-31 23:16 | てつどう | Comments(0)

甲州路の新しい顔

甲州路はかつては特急「あずさ」、急行「かいじ」「アルプス」の3本立てで、181/183系と165系が頻繁に新宿に出入りしていました。
「かいじ」は特急に格上げされましたが、グリーン車以外は自由席のいわゆる「モノクラス」特急で、当初は高崎・上越線筋の「草津」「ゆけむり」「あかぎ」や東北本線の「なすの」(こちらは「新特急」などという不可思議な肩書きでした。今は「特急」に統一、「なすの」は「通勤新幹線」に引き継がれた)などとともに「実質値上げ」と揶揄されました。しかし、甲府との「都市間連絡特急」という役割が与えられたことで、甲州路の顔として活躍を続けています。近年では横浜線経由の「はまかいじ」なども設定されています。
甲州路から183系特急が引退し、代わりに投入されたのがE257系です。JR九州の特急を思わせる斬新なデザインで、野暮ったいイメージが強かった甲州特急のイメージを一新しましたが、釣り上がった前面の目つきが悪く、「毒ムカデ」なるあまり有難くない愛称で呼ばれているようです。昨年秋のダイヤ改正から房総特急にも投入。順次183系を置き換えています。こちらは塗色から「黄色い毒ムカデ」と呼ばれているとか。
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2005.5.24 中央本線(中央・総武緩行線)東中野駅

山岳路線と言っていい内陸路線では、カーブに加え勾配という厄介な代物があり、スピードアップの障害になっていました。そこで、カーブでの揺れを緩和して乗り心地を改善すると同時にスピードアップを図るために開発されたのが「振り子電車」です。
振り子電車、といえば381系「しなの」や「くろしお」が思い浮かびますが、現在では次世代の振り子電車が開発され、高山本線「ひだ」、伯備線「やくも」そしてこの中央本線「スーパーあずさ」など山間部の特急でも活躍しています。
「スーパーあずさ」351系は、八王子-大月-勝沼間をはじめ、かつてはスイッチバックなどを用いていた山岳路線が多い中央本線特急のスピードアップをはかり、中央道高速バスに対抗するために183系に代わって投入された電車で、「制御付自然振り子」システムを採用。E257系が従来の特急車のイメージと大いに異なるのに対し、こちらは国鉄以来の伝統を生かしたフォルムで、優美なイメージになっています。
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2005.5.24 中央本線(中央・総武緩行線)東中野駅
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by borituba | 2005-05-29 22:36 | てつどう | Comments(1)

昨日の尾久から

昨日、尾久の駅に降り立つと、いつもは奥の方で昼寝をしている「夢空間」編成がホームのすぐ横にいました。どうやら団臨のようです。画像手前にはB寝台車が6両ばかりついた堂々たる寝台列車です。
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2005.5.27 東北本線尾久駅(尾久操車場)

やがて牽引する機関車がやってきました。純国鉄色のEF65-1111号機。1がきれいに4つ並んだ「PFタイプ」です。田端機関区からやってきたようです。その向こうではDE10があわただしく動いています。「北斗星3号」の仕立て作業でしょうか。
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2005.5.27 東北本線尾久駅(尾久操車場)

機関車を連結して、出発の準備が整いました。普通上野へ行く場合は「推進運転」といって最後尾を先頭に(ヘンな表現ですが)して向かいますが、この団臨は大宮方へ回送するようです。
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2005.5.27 東北本線尾久駅(尾久操車場)

操車場の北端付近に踏切があります。ここで211系やE231系などを撮っていますと、「ピィッ!」という電機独特の汽笛が鳴り、団臨がやってきました。ヘッドマークこそついていませんが、往年のブルートレインもかくやという迫力ある走りです。
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2005.5.27 東北本線尾久-赤羽間
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by borituba | 2005-05-28 01:05 | てつどう | Comments(0)

カーブ撮りのおけいこ

この間から、カーブでの撮影を意識的に練習しています。今日はまず八ツ山の大踏切で京急のいろいろな電車を撮ってみました。その中からおなじみ1000形です。平日の日中は普通としての運用になります。
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2005.5.27 京浜急行本線品川-北品川間

午後から先日目撃した115系スカ色を狙って西大井で待ってみましたが、ついに来ず。NEXを何枚か撮っただけで湘南新宿ラインで赤羽経由尾久へ。車中からチェックした操車場北端の踏切へ向かいました。211系やE231系で「おけいこ」していたら、思いがけなく「カシオペア」が来ました!けっこう慌てて撮ったため、ややピントが甘くなってしまいました…
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2005.5.27 東北本線赤羽-尾久間

最後にまたここへやって来ました。この間はドン曇りでギリギリの露光でしたが、今日は日差しもあり、より好条件です。ここでのカーブ撮りは独特の緊張があって、いいポイントです。先日も撮った「北斗星」ですが、失敗の許されないこういう列車はまさに「一撮入魂」。今日は同業者もお一人いました(「バズーカ砲」持参でした。デジカメ使用の私のほうが先着していたのでイイ位置を確保していました。なんだかワルイような気がしました…)が、その方も「北斗星」一本に絞っての「一撮入魂」でありました。
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2005.5.27 東北本線赤羽-尾久間
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by borituba | 2005-05-27 23:04 | てつどう | Comments(0)

東海道新幹線700系「どなるど君」です。
新幹線は私と同い年。0系はすでに東京口からはいなくなってしまいましたが、300、500、700系が今日も日本の「動脈」として活躍しています。
300系「のぞみ」に初めて乗った時の衝撃は忘れられません。「キーン」という金属音のような風切り音、「ひかり」ではかろうじて読めた通過駅の駅名標が「読めない」圧倒的なスピード感。「超特急」という新幹線の原点が戻ってきた感慨にふける間もなく京都に到着して、改めてその速さを実感したものでした。
700系は主に「のぞみ」用として開発されました。先輩の500系が「速さ」に特化した車両であるのに対し、700系は居住性と速さのバランスを考えたつくりになっていると思います。500系「のぞみ」に乗った時、ジェット機のようなフォルムには感激しましたが、シートの座り心地や天井の低さからくる圧迫感、照明の暗さなど、居住性には「?」があったので、700系の明るく開放的な車内に「ホッ」としたものです。「カモノハシ」と呼ばれる(私は、顔つきといい、目つきの悪さといい、個人的に「ドナルドダック」と呼んでいます。)個性的な「顔」には賛否両論のようですね。
新幹線といえば「白に青い帯」というイメージをJR東海が大事にしているのは好感です。横腹の「AMBITIOUS JAPAN!」も誇らしげでいいです。晴れた日にはこの白と青がよく合います。
新幹線は保安設備が在来線に比べ厳重で、きれいに撮れる場所がなかなかありません。これも金網の網目にデジカメのレンズを突っ込んで撮ったものです。この場所をご教示くださった停看聴老師に感謝いたします。
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2005.5.4 東海道新幹線東京-新横浜間
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by borituba | 2005-05-26 11:22 | てつどう | Comments(0)

京急に入ってくる京成車は、なんだかみんな同じ顔に見えます。しかし、調べてみると、さまざまな歴史を背負っているようです。
これは3400系。最先端のアルミ車に見えますが実は鋼製車。足回りは元祖「悲劇の特急車」初代AE車のものです。初代AEは、成田空港輸送を想定して作られましたが、反対運動の長期化による開港の遅れの影響を受けて宗吾車庫に長いこと雨ざらしにされ、成田山参詣特急への転用は運輸省(当時)の認可が下りず、さらにその間に過激派の放火で走らずして1両が廃車…開港は管制塔襲撃事件などが起きて遅れに遅れ、開港後も空港駅(現東成田)とターミナルとのアクセスが悪く、ターミナルへドアtoドアのリムジンバスに惨敗続き。
というあまりの不運続きに会社も愛想がつきたのか、空港第2ターミナル完成、JRとの共同使用による(新)成田空港駅の開業を機に、現在の新AE車にすべて置き換えられ、保存もされずに全て解体(「負の遺産」をよほど残したくなかったんでしょうか)、足回りはまだまだ使えるので通勤車に転用され、3700系に準じたボディを載せて3400系として生まれ変わったのです。そして今、皮肉にも成田空港-羽田空港を結んで活躍しています。
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2005.5.4 京浜急行本線品川-北品川間
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by borituba | 2005-05-25 13:25 | てつどう | Comments(4)

豪雨の中、激走!

昨日、今日と東京は夕方から土砂降りの雨になりました。
大久保で用事をすませた後、新大久保駅で山手線を待っていると、ポツッと来たかと思う間もなく大雨に。ロケハンもかねようとデジカメを持ち歩いていたので、雨天時の撮影のテストをしようと、撮ってみることにしました。
この時期の17時台なら晴れていれば充分な光量ですが、にわか雨独特の分厚い雲で、かなり暗くなっており、「ダメもと」のつもりで埼京線を狙ってみました。目一杯ズームをかけ、大カーブの出口にピントを合わせて撮ってみると、前照灯も相俟ってかなり迫力ある絵が撮れました。まずは205系です。
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2005.5.24 山手線新大久保駅

続いてりんかい線70系です。普段は軟派なイメージの電車ですが、こうして豪雨のなかを水煙を上げて激走する姿をみると、結構カッコよく見えるから不思議です。
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2005.5.24 山手線新大久保駅
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by borituba | 2005-05-24 23:28 | てつどう | Comments(1)

私の「よそ行き電車」

外出のついでに、久しぶりに東急に乗ってきました。
池袋エリアに生まれ育ち、東武・西武を「足」にしてきた私にとって、東急は「遊びに行く」ための電車であり、言わば「ハレ」の電車といえます。
ただ、横浜方面に行くときはもっぱら「速い」京急使用が多く、東急にはほとんどご縁がありませんでした。従ってファンの間でよく話題に上る名車たちには全く乗った記憶がありません。名車中の名車「青蛙」初代5000系にもとうとう未乗で終わりました。
そんなこともあって、東急=銀色、というのが幼い頃からのイメージです。当時はステンレスカーというのは子供にとっては憧れの「きれいなでんしゃ」でありました。時は流れ、6000系はすでに亡く、7000系も本線系からは消え、元祖「食パン型」8000系も譲渡・廃車が出てきています。塗装はおろか帯さえなかった8000系ですが、近年は8500系のような赤帯や、下の画像のように黒の縦帯を付けています。
東横線の急行は「隔駅停車」などとよばれて今でも評判が悪いのですが、特急ができてからはスピードアップされて昔よりはマシになっているようです。
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2005.5.22 東急東横線都立大学駅

現在の東急の最新型がこの2代目5000系です。それまでの8000系列があまりに無表情だったので、この顔はとても新鮮です。東横線と田園都市線では帯の色などが違います。
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2005.5.22 東急東横線自由が丘駅
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2005.5.21 東急田園都市線渋谷駅

JRが湘南新宿ラインをスタートさせ、山手線北側-横浜方面の時間がグッと短縮されて、東急も東横線のスピードアップに迫られ、やっと重い腰を上げ、特急をデビューさせました。当初の停車駅は自由が丘、武蔵小杉・菊名・横浜でしたが、みなとみらい線が開通し、元町・中華街行きになってからはみなとみらいに停車、現在は中目黒にも停車するようになりました。画像は横浜高速鉄道Y500系。東急2代目5000系と同じ電車ですが、こちらは前面がブルーに塗装されています。
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2005.5.22 東急東横線都立大学駅
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by borituba | 2005-05-23 12:01 | てつどう | Comments(2)

都心から消えた「色」

14日の「撮って出し」でご紹介した「新聞列車」、113系スカ色4連×2の8両編成です。
両国から夕刊を積んで千葉方面へ向かいます。千葉からは普通列車として客扱いをするようです。都心ではほとんど見られなくなったスカ色、本家横須賀線からは消えて久しく、房総半島と甲州路に残っています。また、113系自体も東京口からはまもなく消える運命…東京からまた一つ「昭和の顔」が消えて行こうとしています。私も折に触れては撮りに行こうと思っています。
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2005.5.21 総武本線錦糸町駅

一方、色どころか車両そのものが都心からほとんど消えてしまったのがこちらの115系。かつては上野口の主だった115系も、湘南新宿ラインの増発でE231系が大量に増備され、あっという間にいなくなり、今では都内では早朝・深夜に立川まで行かないと見られません(日中だと高尾で見られます)。湘南色となると都内からは消滅。籠原・小金井以遠でないと見られなくなってしまいました。
湘南色は今なら東京口の113系が健在ですが、スカ色となると「ホリデー快速」「新聞列車」以外はほとんど見られない「珍客」になっています。これは御殿山の跨線橋でE217系を狙っていて偶然遭遇したもの。「ホリデー快速」用の編成だそうで、新鶴見を経由して武蔵野線経由で立川や大宮へ行くようです。
スカ色は私の大好きな色。「海と砂浜」をイメージした爽やかな塗り分けは国鉄色の中でも未だに輝きを失っていません。今度時間を見つけて房総か甲州へ乗りに行こうと思っています。
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2005.5.4 横須賀線品川-西大井間
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by borituba | 2005-05-22 09:48 | てつどう | Comments(1)

シリーズ第7回は、都営5300系です。
京急、京成と都営1号線(当時、現浅草線)の相互乗り入れは、東京圏の交通にとって画期的なものでした。まず、両社共に悲願だった都心への乗り入れが実現し、平行する国鉄(JR)と対等、ないしそれ以上の利便性を獲得したこと。もう一つは、京成の近代化が一気に進んだこと。改軌までして乗入れた京成は、これをきっかけに車両はもとより駅設備も近代化を進め、千葉県北西部と都心を結ぶ通勤路線に生まれ変わったのでした。青砥駅の高架化、押上駅の地下化などはその成果です。
東京都交通局は、帝都高速度交通営団(現東京メトロ)が国策企業化したことで、大阪のような「市営主義」を採れず、地下鉄への参入が後手に回ったことで、計画路線のうちでは「不採算路線」を押し付けられたようなところがあり、相互乗り入れによる利便性向上に賭けていました。おかげで、都営地下鉄は、浅草線、三田線、新宿線の3路線がそれぞれ軌間がバラバラになっています。
浅草線は、開通当時から長らく「パンタグラフつき丸の内線」と言われた5000系が、線内、乗り入れを問わずに活躍していました。私も生麦へ行くとき、川崎まで5000系急行によく乗ったものです。ただ、がっしりした造りの京急車に比べドアが薄く、子供心に「安普請だなぁ」と思っていました。
1編成だけ試作された5200形を経て、5000系の後継として現在活躍しているのが5300系です。真っ白なボディに細い帯。5000系晩年の塗色を受け継いだともいえますが、5000系はアイボリー系の黄色っぽい色だったのに対し、こちらはかなり明るい白になっていて、真っ赤な京急とは対照的な色とフォルムで、軽快な感じの電車になっています。
以前は川崎-品川-押上・青砥・高砂・小岩間の運用でしたが、現在では京成方面の動線がグッと延びて、印旛日本医大・成田空港まで足を伸ばしています。一方京急方は原則羽田空港行き限定になり、川崎方面にはほとんど来なくなりましたが、急行だけでなく以前は想像もつかなかったエアポート快特としても活躍しています。
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2005.5.2 京浜急行本線品川-北品川間
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by borituba | 2005-05-21 11:05 | てつどう | Comments(0)