カテゴリ:おんがく( 47 )

今日のいちまい

「おんがく」記事も復活します。どうぞよろしくお願いいたします。
復活第1弾はこちら。

d0044222_21593007.jpg

ミナのセカンドテーマ/山下洋輔トリオ
ミナのセカンドテーマ
ロイハニ
グガン
山下洋輔(pf)
中村誠一(ts)
森山威男(ds)

すべてはここから始まった。
あたかも70年安保「斗争」の真っ只中の、時代のアツい空気が伝わってくる、ジャズの名盤というだけでなく、昭和史の証言と言ってもいい一枚です。キナ臭い法律ができようとする今、このアルバムのエネルギーが必要です。
グガン!ダパトトン!グガンダパトトン!

by borituba | 2015-09-05 21:55 | おんがく | Comments(0)

さくら横ちょう

d0044222_22312976.jpg
2009.4.5
桜が満開となりました。

鉄道だけでなく花にも心を寄せる私としては、嬉しい季節です。

そういえば、最近やたらと桜の歌がふえました。有名無名玉石混交の桜歌がこの時期になると氾濫するようになりました。いささか粗製濫造の気味のような気もします。

そんな中、私の一番好きな桜の歌は別宮貞雄の歌曲「さくら横ちょう」です。

別宮貞雄は、ドイツ系の作風が主流の日本の作曲界にあって、フランス系の音楽を学んだ数少ない作曲家です。パリでダリウス・ミヨーの教えを受け、多調技法を身につけました。


さくら横ちょう加藤周一:詩

春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

想出す 恋の昨日
君はもうここにゐないと

ああ いつも 花の女王
ほほえんだ夢のふるさと

春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう

会い見るの時はなからう
「その後どう」「しばらくねえ」と
言ったってはぢまらないと
心得て花でも見よう

春の宵 さくらが咲くと
花ばかり さくら横ちょう
d0044222_2247957.jpg
2009.4.4

3度出てくる「春の宵 さくらが咲くと 花ばかり さくら横ちょう」は、朗詠風になっていて、春の宵のどことなく寂しい感じをよく表現しています。
若い頃はこの曲はあまり気にしなかったのですが、30代半ばくらいから、この歌を聴くとそれまでのいろいろな人への想いが湧き上がってきて、なんだかセンチメンタルな気分になるのです。
d0044222_22473586.jpg
2009.4.5

思い続けたけど通じなかったあの人。想いを裏切られたアイツ。そして、この歌を教えてくれたあの人…

桜の季節になるとこの歌と、いろんな人の想い出がアタマとココロを駆け巡っている…今日この頃です。
d0044222_22521766.jpg
2009.4.5
by borituba | 2009-04-06 22:51 | おんがく | Comments(0)

80年前のラ・フォルネ

物置を整理していた父が、こんなものを見つけてきました。
d0044222_1143268.jpg
2007.4.21
これは、大正14年5月の歌舞伎座の「筋書き」です。その中に、とても興味深い記事が載っていました。
「日露交驩交響管絃楽演奏會」という、大正14年4月に行なわれたコンサートの紹介が載っています。
d0044222_1244877.jpg
2007.4.21
まず、オーケストラのコンサートの会場が歌舞伎座、というところに驚かされます。当時は大規模なコンサートを行なえる大ホールはなく、劇場を使うしかなかったのです。歌舞伎座は当時の都心に近く、足の便がいいので、こうした公演にはよく使われたようです。昭和15年の「皇紀2600年」関連の音楽会も歌舞伎座が使われています。
d0044222_1224134.jpg
2007.4.21
もう一つの注目が、その内容です。当時のソビエトから音楽家を招いて、日本の音楽家との合同でオーケストラ公演を行なったのですが、まだショスタコーヴィチもプロコフィエフも出世前で、曲目にはベートーヴェンやワーグナー、チャイコフスキーなどが並んでいます。
そんな中で面白いのが、カリンニコフが取り上げられていること。チャイコフスキーの後継者と期待されながら、35歳の若さで夭折し、最近まで「秘曲」扱いだった交響曲第1番が演奏されています。逆に当時は人気曲であったゴルトマルクの「シャクンタラー」序曲が演奏されていますが、こちらはすっかり忘れられており、クラシック音楽にも「流行」が存在することがわかります。
また、記事のなかで、ベートーヴェンの「第7交響曲」やチャイコフスキーの「くるみ割り人形」、R.シュトラウスの「サロメ(多分「7つのヴェールの踊り」)」、ムソルグスキーの「禿山の一夜」が日本初演であること、そして「難曲」と表現されていることが興味深いですね。今やジュニア・オーケストラの子供たちが易々と弾いてしまう曲が、当時は難曲として、外国の演奏家の力を借りてようやく初演できた…というのが驚きです。
指揮は近衛秀麿と山田耕筰ですが、山田はまだ上に竹カンムリを付ける前で「耕作」の時代です(「耕作」だと貧相で田舎臭いので「耕筰」に改名したというエピソードがあります)。二人とも日本のクラシック音楽史上に残る名指揮者、作曲家ですが、当時は新進の売れっ子音楽家でした。そんな二人が揃い踏みで登場するところに日本側の意気込みが感じられます。
d0044222_1315354.jpg
2007.4.21
by borituba | 2007-04-22 13:02 | おんがく | Comments(0)

海の歌

d0044222_23102446.jpg
2006.5.12
江ノ電鎌倉高校前駅のホームから撮った江の島です。
「海の歌」というと、みなさんが思い浮かべるのはこちらのほうでしょうか。

海は広いな大きいな 月が昇るし日が沈む

海は大波青い波 揺れてどこまで続くやら

海にお舟を浮かばせて 行ってみたいなよその国
(文部省唱歌 「海」・林柳波作詞)

上の画を撮っているときに口をついて出たのは、これではなく、こちらの方でした

一、松原遠く消ゆるところ 白帆の影は浮かぶ

  干網濱に高くして 鴎は低く波に飛ぶ

  見よ昼の海 見よ昼の海

ニ、島山闇に著(しる)きあたり 漁火光淡し

  寄る波岸に緩くして 浦風軽く沙(いさご)吹く

  見よ夜の海 見よ夜の海
(文部省唱歌 「海」・作者不詳)

薄曇りで水平線がぼやけて、江の島の島影も、反対側の三浦半島も、霞がかかったようになっています。
d0044222_23552653.jpg
2006.5.12
「海は広いな~」の方も好きですが、この「松原遠く~」の歌は、雄大でのどかな中に、微妙に移り変わる海の様子が描かれて、潮騒や潮の香りまで感じられて私は好きです。
by borituba | 2006-05-15 22:58 | おんがく | Comments(1)

世界を掴んだ「曲」

トリノ冬季オリンピックが終わりました。
日本にとっては厳しい結果でしたが、練習場所などがままならない中、みんな良くがんばったと思います。
唯一、フィギュアスケート女子シングルで荒川静香選手が優勝。ヨーロッパとアメリカが独占してきたフィギュアの世界で、アジア人として初めて表彰台の頂点に立ちました。
荒川選手がフリーの演技で使用した曲は、地元イタリアが生んだ大作曲家ジャコモ・プッチーニのオペラ「トゥーランドット」。開会式でルチアーノ・パヴァロッティが歌った「誰も寝てはならぬ」を中心にしたアレンジでした。
今回の優勝で繰り返し流されて、「どんなオペラなの?」と思われた方も多いでしょう。あらすじをご紹介します。ちょっと長くなりますが、お付き合い下さい。

時は伝説の時代、中国の都北京。皇帝アルトゥムの娘、王女トゥーランドット姫は、遠い昔に滅びた王家の王女ロウ-リンが、滅亡の戦火の中、悲惨な最期を遂げたことへの憎悪から心を閉ざし、「王族の血を引く者で、自らの出す3つの問いに答えた者の妃となる。しかし、答えられない者はその首を刎ねる」というお触れを出し、何人もの首を王城の門前に晒しています。あたかも答えられなかったペルシャの王子が首を刎ねられようとしています。群衆たちが「砥石よ回れ!首切り役人出でよ!」と騒いでいるところへ、内乱によって国を追われたダッタンの王ティムールが召し使っていた奴隷の少女リューに手を引かれてやってきます。雑踏の中で転んだティムールを助け起こしたのは戦乱の中別れ別れになったティムールの息子カラフ王子でした。引き据えられたペルシャの王子に無慈悲に死罪を宣告するトゥーランドット姫。その姿を見たカラフは、その美しさに我を忘れて立ちつくします。自ら3つの問いに挑戦すると宣言するカラフ。3人の大臣や父、そして「お聞き下さい、王子様」と必死に訴えるリューが止めるのも聞かず、カラフは合図の銅鑼を鳴らし、王宮に引かれていきます(以上第1幕)。

今日は姫がカラフに問いを出す日。ピン・パン・ポンの3人の大臣は死罪ばかりのこの問いの日にすっかりうんざり。「故郷に帰りたい…」とぼやくことしきり(第2幕第1場)。
場面変わって王宮の御殿。引き据えられたカラフの前に皇帝アルトゥムが登場。「無益で残酷な挑戦をやめよ」と忠告しますが、カラフは3度拒絶して挑戦を宣言します。ついに姫が登場。「この御殿の中で絶望の叫びがこだました」と、ロウ-リンへの思いを語り、「謎は3つ、死が1つ!」と叫びます。カラフは「いや!謎は3つ、命が1つだ!」ときっぱり答えます。
第1の問い-答えは「希望」。
第2の問い-答えは「血潮」。
カラフは見事に答えますが、第3の問い-「お前に火を与える氷、それはお前の火から冷たいものを取り出す白く、また黒きもの。その火をつける氷とは何か?」には苦戦します。しかし、「私に炎を与える氷、その名はトゥーランドット!」ついに3つの問いを解き、姫を手に入れる者が現れたのです。
結果を受け入れ難く、いやがる姫に「夜明けまでに私の名前を当てれば、私は死罪になりましょう。」と逆に謎をかけます。皇帝をたたえる民の声につつまれ、姫は呆然とその場を去ります(第2幕第2場)。

その夜。王子の名前の詮議のために北京の都には「誰も眠ってはならない」というお触れがだされます。夜警の「眠ってはならぬ!」という声が響く中、カラフは独り「夜よ失せろ、星よ沈め。夜が明ければ私の勝利だ!(今回使われた「誰も寝てはならぬ」)」と歌います。そこへ3人の大臣が現れ、「名前を教えてくれ!さもないと我々は皆殺しにされる。」と言いつつ、金銀財宝や美女を連れてきて懐柔しようとします。警吏がティムールとリューを捕まえ、引き出してきます。いつしか姫も現れ、リューを問い詰めます。しかしリューは「誰にも言えない秘めた愛のため、私は名前を言うわけにはいきません。」と答え、「姫の氷の心はあの方の炎で溶けることでしょう。あの方が再び勝つために、私はあの方を見ぬまま目を閉じましょう」と警吏から奪った短剣で胸を突き、自害してしまいます。悲しみにくれるティムールは、リューを死に追いやった者への恨みの言葉を吐き、リューの亡骸を抱いて立ち去ります(第3幕)。

実はここまで書いたところでプッチーニは喉頭癌のために死去。結末は弟子のフランコ・アルファーノが補筆して完成しました。しかし、1926年4月25日にミラノ・スカラ座で初演された時、指揮者トスカニーニは、プッチーニが完成したここまでで演奏を止め、「ここまでで先生は生涯の仕事を終えられました。死は芸術より強かったのです。」といって終演してしまいました。翌26日には補筆部分まで全曲が上演されました。

人々が去り、呆然と立ち尽くす姫とカラフ。混乱した心に困惑する姫にカラフは接吻し、姫は正気を取り戻し、愛の喜びに涙を流します。カラフは自らの名を告げ、民衆が讃える中、ついに2人は結ばれます(第3幕第2場、演出によって第4幕とされる場合がある)。

このオペラはプッチーニの「わし、イタリアのワーグナーになっちゃうもんね」作戦の集大成として作られました。壮大でファンタジックな設定、「愛」を巡るサスペンス的な展開、そして清らかな女性の犠牲的な死。プッチーニが偉大な先達ヴェルディを超えるために苦心の末にたどり着いたのがそのヴェルディの最大のライヴァル「ワーグナー」であったのが面白いところ。

画像は私が常日頃愛聴するカラヤン指揮、ウィーン・フィルハーモニーが1980年に録音したCDです。これはカラヤンがこのオペラに対する独自の解釈のもと、子飼いの歌手陣をフル活用した豪華盤で、入門にぴったりであるだけでなく、いつまでも聴き飽きない素晴らしい内容で、是非おすすめするものです。
d0044222_22254419.jpg

by borituba | 2006-02-27 19:28 | おんがく | Comments(1)

天はニ物を…?

先日、私の贔屓のオーケストラ、新日本フィルハーモニー交響楽団の「サポーターズパーティー」が開かれました。日頃名演奏を聴かせていただいている楽団員のみなさんや指揮者と身近にお話ができる貴重な機会で、毎回盛会になります。
現在の新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督はクリスティアン・アルミンク氏。2003年9月に弱冠31歳で音楽監督に就任。3シーズン目を迎えてさらに3シーズンの契約延長が決定。すっかり「錦糸町の顔(?)」になりました。就任当時は「イケメン指揮者登場」と騒がれましたが、アルミンク氏はタダのイケメンではありません。どんな曲をやってもどこかに必ず自分の工夫や研究の成果が取り入れられ、聴く者に新鮮な驚きを与えてくれます。また、生粋のウィーンっ子らしく、品のよいシャープな音楽が身上ですが、意外に情熱的な面もあり、こちらの予想を大胆に裏切ってくれることもしばしばです。
今回はパーティーがあるということで、奥様と共に来日。奥様も大変に御綺麗な方ですが、それもそのはず、女優さんだとのこと。ご両人ともまさに「天がニ物を与えた」カップルです。
d0044222_226088.jpg
2005.11.19 新日本フィルハーモニー交響楽団サポーターズパーティーにて
by borituba | 2005-11-21 22:06 | おんがく | Comments(0)

シリーズでご紹介してきた吹奏楽の楽器も大詰となりました。
最後にご紹介するのはテューバです。ご存知の通り金管楽器の、そして吹奏楽の最低音を受け持つ楽器です。
当団のテューバパートでは、3種類の楽器を使っています。左はE♭バスです。この楽器は、右の2台と違い、第3回、第9回でご紹介したアドルフ・サックスが開発した「サクソルン属」になります。もちろん英国式ブラスバンドでは主力ですが、イギリスのオーケストラのテューバ奏者はこれを使う人も多く、私が吹奏楽を始めた頃に神様的存在だったフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの不動のテューバ奏者、故・ジョン・フレッチャーは、ロンドン交響楽団の首席テューバ奏者でもあり、どちらもE♭バス一本でこなしていました。
中央は私の楽器で、これはC管です。アメリカ、フランスのオーケストラでは標準的な楽器ですが、吹奏楽に入ってきたのはわりと最近です。テューバは、金属加工技術の発展に伴って、だんだんと音域を「下げて」いった楽器です。最初期は一番高いF管が作られ、その後C管、B♭管が作られました。オーケストラ作品をアレンジした曲がレパートリーの中心としてきた吹奏楽では、コントラバスの音を模倣するためにより落ち着いた音色の(実際コントラバスとの相性もいい)B♭管が主力になっていましたが、戦後、オリジナル曲が数多く作られるようになり、テューバ独自の音色も必要とされるようになると、C管も使われるようになりました。
右側がB♭管。吹奏楽では今でも主役であり、最も標準的な楽器です。ドイツ・オーストリアではオーケストラでもよく使われ、ウィーン・フィルやドレスデン国立管弦楽団など、歴史の古いオーケストラでは、作曲者がC管やF管を指定している場合を除きB♭管を使っています。
d0044222_9583335.jpg
2005.8.13 合宿所合奏場にて

今回の「惑星」では、テューバは原曲に指定された一本を除き、コントラバスの譜面を吹くことになります。そのため、音色を変えるためにミュートを使用します。トランペットやトロンボーンのミュートは小さいので付けたり外したりは簡単ですが(膝に挟んで素早く着脱する「技」もあります)、下の画像のようにテューバのミュートはひときわ巨大で、かつベルが上を向いているので付けるのも外すのも大変で、他の楽器のミュートと違い、取っ手が付いています。タダでさえ大きな楽器なので目立つところへ持ってきて、金属製のミュートなので、着脱の時に楽器に当ると「カーン」という大きな音がするので、音を立てないように慎重に扱います。そのあたりをホールでご覧下さい。「火星」「金星」「土星」「海王星」で使用します。
d0044222_9592100.jpg
2005.8.13 合宿所合奏場にて
by borituba | 2005-08-29 23:34 | おんがく | Comments(0)

ホルンをご紹介しましょう。
ホルンはご存知のとおり、角笛がルーツ。材質は角→木→金属と変わりましたが、基本的に形そのものは変わっていません。金属製になったときに長い管を丸めることにより現在のようなコンパクトな形になりました。
現在ではバルブでどんな音階も出せるようになりましたが、かつてはバルブがない一本の管(ナチュラル・ホルンといいます)でした。それでどうやって音階を出すのか?まず、調性ごとに長さが違う管を使いました。交響曲などで楽章によって調が違う場合や、大きな転調がある曲では、複数の違った調性の楽器を用意して、持ち替えていたのです。しかし、バルブのない管では、どうしても出せない音が発生します。それを克服するためにホルン独特の奏法が開発されました。ベル(ラッパ)の中に手を突っ込んで、その角度を変えて、時には手のひらでふたをするようにして、音を変える「ゲシュトップ」という奏法です。これが開発されて、ホルンは一応音階が吹ける楽器になったのです。のちにバルブが付けられるようになり(初期はピストンでしたが、現在ではロータリー・バルブが主流です)、ゲシュトップで音を変える必要はなくなりましたが、ゲシュトップを用いるとミュートと同じ効果があり、また、普通のミュートと違った鋭い金属的な音(管が詰まることによる抵抗で緊張感が発生し「ビーン!」という音になる)になるので、近代の曲では特殊効果として用いられ、音をより大きく、くっきりさせるための道具(ゲシュトップ・ミュートといいます)も開発されたのです。チャイコフスキーの「悲愴」交響曲の大詰で、うめき声のように「ジィーッ」と響くゲシュトップ音は、ゲシュトップ・ミュートで作ります。また、ナチュラル・ホルンの時代の名残りで、現代のホルンは金管楽器で唯一左手でバルブを操作します。
吹奏楽でのホルンの重要な役割に、「後打ち」というのがあります。マーチのリズムによくある「ブン・チャッ・ブン・チャッ」の「チャッ」の部分です。もちろんカッコイイメロディを朗々と吹くところもたくさんありますが、普通のマーチの中ではまず必ずといっていいほど「後打ち」が登場します。熟練すると何でもなくなるのですが、実は初心者にとっては難物で、ホルン奏者が最初に当る「カベ」になっています。現在トッププロとして活躍している人たちも、駆け出しのころは苦労したらしく「後打ちができなくて大いに悩んだ」というエピソードは枚挙に暇のないほどです。
d0044222_7435379.jpg
2005.8.13 合宿所合奏場にて
by borituba | 2005-08-27 08:40 | おんがく | Comments(0)

19世紀のベルギーに、アドルフ・サックスという楽器造りの職人がありました。彼はすぐれた技術を持ち、そのころ飛躍的に発展した金属加工の技術を生かして、新しい楽器の発明・開発を始めました。第3回でご紹介したバリトンは、彼が開発した楽器の一種です。金管楽器でサクソルン属と呼ばれるこれらの楽器は、まずフランスの軍楽隊で採用され、ドーバー海峡を渡ったイギリスではこれらの楽器を中心にした(英国式)ブラスバンドが労働者階級の福利厚生(クラブ活動。サッカーのプレミアリーグももともとは労働者のクラブ活動が発祥)として普及しました。
アドルフ・サックスは木管楽器も開発しました。クラリネットを基に、より扱いやすく音の出しやすい楽器を作ったのです。これが現代に伝わるサキソフォンです。木管楽器の機構で作られていますが、本体を金属でつくりました。クラリネットは直管ですが、サキソフォンは唄口から円錐形に管が広がっています。金属製のため温度や湿度の影響を受けにくいため野外演奏の機会が多い軍楽隊に採用され、クラリネットより扱いやすいので長時間の演奏にも向いているのでトランペットなどと共にジャズに取り入れられ、たくさんのジャズ・ジャイアンツが出現することになって大いに発展したのはご存知の通りです。
吹奏楽ではユーフォニアムと同様中音域の要としての役割のほか、フルート、クラリネット属だけでは細くなるサウンドに「厚み」を加える役割、アレンジ作品では弦楽器のソロを受け持つ主役として、吹奏楽になくてはならない楽器になりました。
サキソフォンは上からソプラニーノ、ソプラノ(画像左)、アルト(画像右)、テナー、バリトン、バスと6種類あり、通常はB♭ソプラノからE♭バリトンまでの4種を用います。比較的歴史の新しい楽器なので、楽器の調性は整理されており、ソプラニーノから順にE♭、B♭が交互になっています。
d0044222_1911441.jpg
2005.8.13 合宿所合奏場にて
by borituba | 2005-08-25 20:19 | おんがく | Comments(0)

吹奏楽は20世紀に入り飛躍的にレパートリーが広がりました。オリジナル作品も数多く作られるようになり、それにつれて使用する楽器が増えました。なかでも打楽器は「叩くと音の出る」ものは全て楽器として使われるようになりました。皮、木、金属、プラスチック、その他ありとあらゆる素材が使われます。さらに鍵盤系の楽器、ピアノやチェレスタなどは吹奏楽では打楽器の持ち場になることが多いようです。
そんな中でも、今でも基本になるのは「ばちで皮を叩く」太鼓類です。ティンパニはオーケストラのサウンド創りに重要なファクターとなります。ばちの選択、ヘッド(皮)の材質などでそのサウンドは大きく変わります。もともとは銅製の大鍋に皮をかぶせて叩いたのがきっかけといわれ(異説もありますが)、ケットル(鍋)ドラムといわれていました。古楽オーケストラでは本皮のヘッド(牛皮か羊皮)を使います。画像は現代のペダル式ティンパニで、ヘッドはプラスチック製ですが、奏者によっては本皮を愛用している人もいます。ウィーン・フィルではティンパニだけでなく、大太鼓、小太鼓も本皮を使用(牛皮と羊皮を併用)しています。ティンパニはペダル式の一つ前のハンドル式で、音を変えるときにはハンドルをグルグルと回します。叩きながら音を変える必要のある現代曲をやる時は奏者の横に「ハンドル係」を配置します。
通常は古典曲では2台、近代曲でも多くて4台で一組になるティンパニですが、今回の「惑星」では6台使用します。奏者も一人では足りず、二人で演奏します。第6曲「天王星」では複雑に絡むティンパニのアンサンブルが「見どころ」です。是非ホールでご覧ください。
d0044222_19572210.jpg
2005.8.13 合宿所合奏場にて
by borituba | 2005-08-23 21:06 | おんがく | Comments(0)