最後の吊り掛け車

上州でのもう一つの目的は、3月のダイヤ改正で終焉を迎える東武5000系に乗ることでした。
不思議なことに、東武は関東最大の私鉄であるわりに近代化が遅れ、また車両の増備が間に合わず、旧型車をわりと大事に使っていました。
東武最後の吊り掛け通勤車である7800系は、伊勢崎・日光線と東上線の双方で活躍していましたが、初の新性能車8000系の増備に伴い、車体の老朽化(床が木張り、片開きドアなど)が目立つようになりました。しかし、全車一気の置き換えが難しいので、車体を更新することで両数を確保することになり、昭和54年から順次8000系の車体に載せ替えました。これは旧国鉄が73形電車の老朽化に対応して103系の車体に載せ替えたのと同じ「アコモデーション改造」という手法です。
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2006.2.24 東武鉄道伊勢崎線館林駅
吊り掛け駆動は、モーターを車軸と台車枠との間に「吊り掛ける」かたちで設置する方式です。構造が単純なので長らく電車の駆動方式として重用されましたが、モーターの振動が台車を通して直接車体に伝わるため乗り心地が悪い、車軸の動きに対応するためにギアに遊びがあることから騒音が大きい(ファンはこれを「吊り掛け音」と称して珍重していますが)、などの問題から、1950年代半ばに登場したカルダン駆動車(「新性能車」と総称される)が爆発的に普及し、殊に1980年代以降、吊り掛け駆動車は急速に消えていきました。こちらは8000系。見た目は確かにまったく5000系と同じです。
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2006.2.18 東武鉄道東上線池袋駅
東武5000系は、比較的早くアコモデーション改造されたため、本線筋がどんどん近代化してもしぶとく生き残り、21世紀の今日まで重厚な「吊り掛け音」を響かせることになったのです(今回乗った時も実にイイ音でした)。しかし、ついに8000系改造車(800系)の投入で引退することになりました。半世紀にわたって人々を支えてきた武骨で頑丈そうな台車に感謝いたしましょう。
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2006.2.24 東武鉄道伊勢崎線館林駅
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Commented by wonderfulscarlet at 2006-02-26 23:53
私は千葉なので、年中野田線で5000系列に乗っていましたが
1枚も記録していないのが今でも悔やむ思いです。
晩年も業務移動の合間になんとか撮れないものかと
思いましたが、船橋口にはなかなか現れず結局撮れず(泣)
Byレッドライン
Commented by ぢょん at 2006-03-01 22:09 x
しらなかった
東武にまだ吊り掛け車あったんだ!
あの懐かしぃ、ご~んよよよよよ みたいな音が聴ける電車が
有ったとは!!!
鶴見線のゲタ電が最後?じゃなかったのか?
西武線の国分寺線には、あの音を聴きたくてよく乗りに行ったもんだ
Commented by デハ712 at 2006-03-02 23:08 x
おいでいただきまして、ありがとうございます。
大手では吊り掛け車は80年代までには全廃されていましたが、東武だけは増備が次々開通した乗り入れ区間用の車両に集中したこともあって、ローカル線区用の車両の置き換えが遅れたために、吊り掛け車が21世紀に生き残る結果になりました。
>ぢょん様
国分寺線は西武で最後まで吊り掛けが生き残っていたね。こないだ乗った東武の吊り掛けはイイ音してたぜ。
by borituba | 2006-02-26 21:54 | てつどう | Comments(3)