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特撮と鉄道(ゴジラ編)

昭和40年代に幼・少年期だった私は、ウルトラマンと仮面ライダーで育ちました。以来特撮は鉄道・落語と並んで私の三大趣味の一つになりました。さまざまな特撮作品を見てきましたが、鉄道との関わりもけっこうあります。

日本の特撮怪獣映画の草分けはご存知「ゴジラ」です。
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昭和29年(1954年)の初登場で東京を火の海にしたゴジラは、芝浦あたりに上陸して、品川駅構内で列車を破壊します。当時最新鋭だったEF58牽引の客車列車です。有名な客車を咥えたスチール写真があるのでご存知の方も多いでしょう。しかし、ゴジラの出現⇒上陸は予想されていて、避難命令も出ていたのですから、当然鉄道も止まっているはずなので、走っている列車がゴジラに襲われる…というのは少々おかしな話ですが、怪獣が文明の利器を破壊するというのは特撮映画の醍醐味でもあるので、最新の鉄道列車を破壊するのもその一つとして名シーンになっています。
品川駅を破壊したのですから、当然京急も被害を受けていたでしょう。
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2005.5.4 京浜急行電鉄本線品川-北品川間
ゴジラはその後、昭和37年(1962年)の第3作「キングコング対ゴジラ」で仙台に上陸して東北本線に沿って関東に接近したとき、東北本線の列車「急行つがる」を破壊しますが、使われている車両が東海道本線で「ビジネス特急」として走っていた151系でした。東北本線は当時全線電化されておらず、走っていたのはほとんど客車列車、わずかに「はつかり」に昭和35年(1960年)からキハ81系気動車が走っていましたが、まだ蒸気機関車が走っていた時代でした。では、なぜこんな「ウソ電」が発生したのでしょうか?
これには一つの裏話があります。当時特撮と並ぶ東宝の看板だった黒澤明監督作品、黒澤作品は撮影期間が長く、数で稼いでいた脇役や大部屋の役者にとっては拘束時間の長い黒澤作品だけでは生活が苦しくなります。そこで、山本嘉次郎門下の兄弟弟子で盟友、東宝特撮映画の大半でメガホンをとった本多猪四郎監督の作品に間合いに出ることで「数」を確保していました(黒澤と対照的に本多は比較的早撮りでした)。なので黒澤映画と特撮映画には主役以外のキャストに共通性が高く、特撮を研究すれば黒澤に、黒澤を研究すると特撮に行き着くのです。
そして、当時黒澤が撮っていたのが「天国と地獄」でした。誘拐事件を描いたこの作品で、身代金の受け渡しという重要なシーンで使われたのが特急「こだま」でした。国鉄の全面協力の下、脚本の設定通りの時刻に撮影用の臨時列車を走らせるなど今では考えられないような撮影となりました。
受け渡しなど走行中のシーン以外の撮影は田町電車区で留置された車両を使って行われましたが、ちょうど同時期に撮影されていた本多監督の「キングコング対ゴジラ」でも列車が使われることから、この撮影も同時に行われたのです。
このとき使用されたのが151系であったため、ゴジラが壊す車両も151系の模型となり、東北本線に本来ありえなかった「ビジネス特急」が走ることになったわけです。


その後、ゴジラは人間の味方に「転向」したことで鉄道の破壊はしなくなります。そのため、昭和39年(1964年)に開通した東海道新幹線は最先端の「夢の超特急」であったにもかかわらず、破壊されることはありませんでした。
ゴジラが新幹線を壊すのは開通から実に20年の昭和59年(1984年)まで待たねばなりませんでした。平成シリーズの幕開けである(製作は昭和ですが)「ゴジラ(1984)」は、誕生30周年の記念でしたが、ゴジラ映画としても原点回帰ということで、ゴジラは破壊神として都市を壊しまくる「災厄」としての存在に戻りました。
上陸したゴジラは有楽町で国鉄のガードを越えるときに新幹線の列車を踏み潰します。20年目の初遭遇でした。このときも第1作同様「なぜ新幹線は止まってなかったの?」という「穴」は残りましたが、やはり、大怪獣が列車を豪快に破壊するのは怪獣の怖さや強さが強烈に伝わるので「欠かせない」シーンだと思います。
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2006.7.11 東海道新幹線東京-品川間
by borituba | 2013-10-27 00:56 | てつどう