まだまだ働けるのに…

関西撮影記をお休みしまして、今日の撮って出しをご紹介します。
今日は関西以来の特撮で、小田急を撮ってきました。9000系電車の廃車がハイペースで、終焉も近いということで、9000系を狙い打ちにするべく参宮橋へ。光線のよい下り線を中心に特急車などを交えて撮りましたが、駅脇の踏切では上り電車にカブられることが多く、少し歩いて代々木八幡寄りの「参宮橋4号踏切」で9000系の登場を待ちます。しかし来るのは最新の(そして最もつまらない)3000系ばかり。合間にVSEなどが来て、気をまぎらせてくれます。
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2005.9.8 小田急小田原線参宮橋-代々木八幡間
ここでは上りは完全に逆光になり、まともな画像は望めません。上りに3本9000系が行ったので、戻ってくるのを待つことしばし、ついにやってきました!
9000系は地下鉄千代田線への乗り入れ用として1972年にデビュー。翌73年の鉄道友の会が優秀な通勤車両に贈るローレル賞(現在は全車両対象のブルーリボン賞にもれた候補から別途選考で選ばれるようになった)に選ばれました。それまでの小田急の車両のスタイルを打ち破る斬新な前面は、3000系登場まで30年にわたり小田急の電車スタイルの基本となりました。それだけでなく、他社の車両にも大きな影響を与え、いわゆる「額縁スタイル」は全国的な流行となりました。私の近くでは西武101系増備車、同3000系、同6000系など、JR205系、同211系がいわば「9000系チルドレン」といえるでしょう。しかし、1988年デビューの1000系の増備で1990年に千代田線乗り入れから引退。地上区間の各停・準急・急行で活躍していましたが、2003年、3000系の登場で廃車が発生。以後増備が進むと共に急激に数が減っており、2005年度中に全車が廃車になる運命です。
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2005.9.8 小田急小田原線参宮橋-代々木八幡間
一方、こちらは「Hi-SE」こと10000系特急車。7000系「LSE」の発展形として1987年にデビュー。展望車以外をハイデッカー(高床)にしたため、バリアフリー対応がとれず、今年3月就役の50000系「VSE」のデビューに伴い4編成中3編成が運用から離脱。うち2編成が8月に長野電鉄に譲渡されました。9000系を待っている最中に来た「最後の1編成」を収めることができました。今日はついていたようです。
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2005.9.8 小田急小田原線参宮橋-代々木八幡間
小田急でかなり粘ったので、帰ろうかとも思いましたが、9000系が撮れたので、同期生も撮っておこうと、井の頭線経由で明大前へ。こちらも数が減ってきている京王6000系を狙いました。小田急9000系と同じ1972年デビューで、先述のローレル賞を最後まで争った新しい「京王スタイル」のさきがけとなった名車です。都営新宿線乗り入れ用として現在でも活躍していますが、都営線のインバータ車対応が完成し、インバータ車10-300系が登場。近いうちにすでに地下鉄乗り入れ対応で就役している9000系に後を譲ることになっています。そうなるとこの「同期生」も消える運命です。
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2005.9.8 京王電鉄京王線明大前駅
どの車両もまだまだ充分に働けるのに、バリヤフリーやエコロジーという、デビュー当時には思いもよらなかった理由で引退に追い込まれようとしています。世の流れの速さを感じると同時に「もったいないなあ」という気もします。これらの車両たちの活躍している姿をこうして出来るだけ画像に収めておきたいと思います。元気な姿を忘れぬために…
by borituba | 2005-09-08 22:50 | てつどう | Comments(0)