2010年 11月 14日
レモンイエローの記憶:純101系グラフィティ(その3)
中央線と一時分断され、完全に「離れ小島」状態になった西武多摩川線は、先日ご紹介した休止中の安比奈線と同様川砂利の運搬を主目的とした貨物線がルーツです。川砂利採取が禁止になって役目を終えたことは安比奈線と一緒ですが、多摩川競艇場や多磨霊園など旅客輸送にも使えたことと、沿線の都市化が進んでいたこともあって、旅客線として生き残ることができたわけです。
そんなこともあって、今も全線単線で、長い直線などローカル貨物線の面影が色濃く残っています。かつては吊り掛けの旧型車がモーター音を響かせていました。こういう線にはスマートな銀色電車より無骨な鋼製車両が似合います。
多摩川線は、競艇場前駅以外の駅で上下交換が可能になっていますが(かつては競艇場前も交換可能でした)、通常は新小金井と車両基地のある白糸台で交換を行います。白糸台はホームが島式のため、並びが撮れるのは新小金井に限られます。光線・角度が難しく、また上下交換でありながらドンピシャに並ぶのが一瞬のため(停止位置がずれているのと、貨物線時代の名残でポイント間のスパンが長くホーム上の交換時間が短い)、かなり苦労して撮った思い出があります。
やがて中央線の高架化が完成し、西武との連絡線が復活し、車両の入れ替えができるようになりました。ちょうど白い101系「春号」が入線したころ、まだ4編成が最後の活躍をしている姿を収めに行ったのが最後でした。